鉄の棺 石の骸3
1.
一対の巨大な手のひらが、アポリア老人においでおいでと手招いていた。
「Z-one」
「アポリア。見てください! 私の新しい腕が完成しましたよ」
そこには、いつものフライング・ホイールに巨大な腕ユニットをくっつけたZ-oneがいた。テーブルより大きく頑丈な手は、外見に似合わず人の手のように細やかに動く。
「おお、ついに完成したのか」
「ええ。苦労しましたよ。ここまで滑らかな動作をさせるのに」
Z-oneが腕を広げてフライング・ホイールごと、くるくると楽しそうに回っていた。あれでどうして目を回さないのか不思議だ。
今の彼はまるで、欲しかった玩具をプレゼントされた子どものような、アポリアがいつかどこかで見た光景そのものだ。さてあれは一体いつの話だっただろう……。
「今までのマニピュレーターとは、どう違うんだ?」
「あのマニピュレーターは基本精密作業向けだったんですよ。例えば小さな回路を組み立てるような作業ですね。普通サイズの人一人くらいならあれでも運べるのですが、カードの石版などの重量物を運ぶのは途中で折れるからどうしても無理で……。しかし、この新しい腕なら、カードの石版でそのままデュエルするのも夢ではありません」
決闘でジャンケンもできますよ、とZ-oneは太くて頑丈な指でぐーちょきぱーを作って見せた。
「いつ見ても、君は器用だな」
「ふふふ」
Z-oneは、新しい腕でまたアポリアを招いた。どうやら手に乗ってみろということらしい。
アポリアが手の端に足をかけ乗ってみる。そっと横たえた身体を適度な弾力が包んだ。
「案外柔らかいんだな」
「君になるべく衝撃を与えないように、設計してみました」
「こうしてみると、私は君の猫みたいだ」
「……君を撫で撫でするのはこの腕では怖くてできません。一度改良してみましょうか?」
「いや、このままでいい。この上は結構居心地いいからな」
「そうですか。よかったです」
アポリアを手のひらに乗せたまま、Z-oneはふわりふわりと宙を浮く。
「ここに広くて明るい空間があれば、ちょっとした遊覧飛行にでも行けただろうな」
アポリアは、丈夫な指に背を預けた。Z-oneが指を丸めて、アポリアの背もたれになってやる。
仮面の隙間からのぞくZ-oneの青い目が、何だか微笑んでいるようにアポリアには見えた。
「ああ、こうしていると、あれを思い出すなあ」
「何をですか、アポリア」
「昔、子どものころに、ビルくらい大きいヒーローをテレビで見たんだ。怪獣と戦って、たまに人を大きな手のひらに乗っけて、そのまま空を飛んだりしていたな。一回あれをやってみたかったんだ……。最終回が放映される前に機皇帝がやって来て、……それきりになってしまったが……」
アポリアとZ-oneは、仲間内では一番遅く出会った。
他の仲間と比較してあまりに年季が違いすぎることに、一度アポリアは絶望しかけたことがあった。だがそんな彼を、Z-oneは快く受け入れてくれたのだ。彼が幼少期からずっと抱え続けてきた絶望もひっくるめて。
Z-oneを見ていくうちに、彼は様々な一面がごた混ぜになって表に現れるのだと気がついた。
何物をも受け入れるような彼。仲間の希望となってくれた彼。今のような、無邪気にはしゃぐような子どものような彼。……それらに共通する穏やかさを全て塗り替えるような彼ではない彼……。
Z-oneはそれを、「英雄になりきろうとした報い」だと語った。
滅亡するまでの人類は、モーメントの急激な進化の果てに、欲望などの負の感情にとりつかれてしまっていた。
科学者だったそのころのZ-oneは、人類に滅亡の危機が迫っていることにいち早く気づき、世の人々にそれを伝えて滅亡を回避しようとしたのだという。
しかし、人々はZ-oneの話を聞いてくれなかった。滅亡など嘘だとZ-oneを信じてはくれなかった。
思いつめたZ-oneは自らに英雄「不動遊星」のデータをインストールして、「不動遊星」になった。今までの自分を全て捨ててまで。
ただ、人々に話を聞いてもらいたかった一心で。
人類は結局滅亡し、後に残ったのが「不動遊星」の人格と一緒にごた混ぜになってしまったZ-oneだった。
英雄が何だ。「不動遊星」が何ほどのものだというのだ。
Z-oneを苦しめる英雄など、私には必要ない。
2.
人類が破滅してからというもの、Z-oneは時折、発作を起こすようになっていた。
「大変だ、パラドックス! Z-oneがまた暴れだした!」
「またか! 連続でもう四日目だぞ!」
軽い発作なら、Z-oneはその場に倒れこむだけで済む。仲間は倒れたZ-oneを部屋まで連れ帰り、ベッドに寝かせてやればいい。
問題は、重い発作が起こった場合だ。
これが起きてしまうと、発作が収まるまでの間に、Z-oneの中で今まで大人しくしていた「不動遊星」としての一面がZ-oneを食い破って現れることがある。
こうなると、非常に厄介だ。「彼」が優れていたのは、決闘の腕だけではないのだから。
「落ち着いてくれ! 我々は君に危害を与えるつもりはない!」
「黙れ! どこだ、俺のデッキとD-ホイールをどこにやった!」
Z-one、いや「不動遊星」が、鉄の義手を激しく振り回して叫んでいる。いつもは穏やかな青い目も、今は相手に対する不信感と敵意で染まりきってぎらぎらと光っていた。
表層に現れる「不動遊星」が、今の時間軸を正しく認識できたことはほとんどない。発作のたびに、様々な時間軸に存在していた「彼」がランダムに出てくる。
今日の「遊星」は、デッキとD-ホイールをセキュリティに奪われ引き離された時点の遊星だった。
アポリアは、暴れる「不動遊星」を力づくで抑えることができなかった。何しろ自分もZ-oneも年老いてしまっている。一歩間違えると自分も相手も最悪骨折まで行きかねないのだ。
その上、「彼」は戦闘力も人並み以上に高いのだ。当時SP二人を一瞬で伸した相手に、戦闘経験のあるアポリアも苦心していた。
向こうから、小さめのバズーカを持ったアンチノミーが、パラドックスを連れて駆けてきた。パラドックスが、アポリアに身振りで何事かを伝える。
指示に従い、アポリアはいきなり「不動遊星」に飛びついた。
「どけ!」
どけと言われてどけるものではない。更に力を込めてアポリアは「不動遊星」の腰にしがみついた。奮闘もむなしく、アポリアは容赦なく突き飛ばされてしまう。が、その時、
「発射!」
Z-oneの隙を突いてアンチノミーがバズーカのトリガーを引いた。筒からは弾ではなく一塊の糸のようなものが勢いよく飛び出す。それはZ-oneの身体に命中すると、蜘蛛の巣状に展開した。
昔、犯罪現場において、無傷での制圧の際に使用されていたセキュリティの捕獲ネットだ。粘着性のあるネットは、一度絡まってしまえば自分で絶対に振り払うことはできない。
「命中したよ、パラドックス!」
「くそっ、ほどけ! お前たちは、俺に一体何を望んでいるんだ!」
それには答えず、代わりにパラドックスが小さなスプレーを吹きかけることで応じてやった。
一対の巨大な手のひらが、アポリア老人においでおいでと手招いていた。
「Z-one」
「アポリア。見てください! 私の新しい腕が完成しましたよ」
そこには、いつものフライング・ホイールに巨大な腕ユニットをくっつけたZ-oneがいた。テーブルより大きく頑丈な手は、外見に似合わず人の手のように細やかに動く。
「おお、ついに完成したのか」
「ええ。苦労しましたよ。ここまで滑らかな動作をさせるのに」
Z-oneが腕を広げてフライング・ホイールごと、くるくると楽しそうに回っていた。あれでどうして目を回さないのか不思議だ。
今の彼はまるで、欲しかった玩具をプレゼントされた子どものような、アポリアがいつかどこかで見た光景そのものだ。さてあれは一体いつの話だっただろう……。
「今までのマニピュレーターとは、どう違うんだ?」
「あのマニピュレーターは基本精密作業向けだったんですよ。例えば小さな回路を組み立てるような作業ですね。普通サイズの人一人くらいならあれでも運べるのですが、カードの石版などの重量物を運ぶのは途中で折れるからどうしても無理で……。しかし、この新しい腕なら、カードの石版でそのままデュエルするのも夢ではありません」
決闘でジャンケンもできますよ、とZ-oneは太くて頑丈な指でぐーちょきぱーを作って見せた。
「いつ見ても、君は器用だな」
「ふふふ」
Z-oneは、新しい腕でまたアポリアを招いた。どうやら手に乗ってみろということらしい。
アポリアが手の端に足をかけ乗ってみる。そっと横たえた身体を適度な弾力が包んだ。
「案外柔らかいんだな」
「君になるべく衝撃を与えないように、設計してみました」
「こうしてみると、私は君の猫みたいだ」
「……君を撫で撫でするのはこの腕では怖くてできません。一度改良してみましょうか?」
「いや、このままでいい。この上は結構居心地いいからな」
「そうですか。よかったです」
アポリアを手のひらに乗せたまま、Z-oneはふわりふわりと宙を浮く。
「ここに広くて明るい空間があれば、ちょっとした遊覧飛行にでも行けただろうな」
アポリアは、丈夫な指に背を預けた。Z-oneが指を丸めて、アポリアの背もたれになってやる。
仮面の隙間からのぞくZ-oneの青い目が、何だか微笑んでいるようにアポリアには見えた。
「ああ、こうしていると、あれを思い出すなあ」
「何をですか、アポリア」
「昔、子どものころに、ビルくらい大きいヒーローをテレビで見たんだ。怪獣と戦って、たまに人を大きな手のひらに乗っけて、そのまま空を飛んだりしていたな。一回あれをやってみたかったんだ……。最終回が放映される前に機皇帝がやって来て、……それきりになってしまったが……」
アポリアとZ-oneは、仲間内では一番遅く出会った。
他の仲間と比較してあまりに年季が違いすぎることに、一度アポリアは絶望しかけたことがあった。だがそんな彼を、Z-oneは快く受け入れてくれたのだ。彼が幼少期からずっと抱え続けてきた絶望もひっくるめて。
Z-oneを見ていくうちに、彼は様々な一面がごた混ぜになって表に現れるのだと気がついた。
何物をも受け入れるような彼。仲間の希望となってくれた彼。今のような、無邪気にはしゃぐような子どものような彼。……それらに共通する穏やかさを全て塗り替えるような彼ではない彼……。
Z-oneはそれを、「英雄になりきろうとした報い」だと語った。
滅亡するまでの人類は、モーメントの急激な進化の果てに、欲望などの負の感情にとりつかれてしまっていた。
科学者だったそのころのZ-oneは、人類に滅亡の危機が迫っていることにいち早く気づき、世の人々にそれを伝えて滅亡を回避しようとしたのだという。
しかし、人々はZ-oneの話を聞いてくれなかった。滅亡など嘘だとZ-oneを信じてはくれなかった。
思いつめたZ-oneは自らに英雄「不動遊星」のデータをインストールして、「不動遊星」になった。今までの自分を全て捨ててまで。
ただ、人々に話を聞いてもらいたかった一心で。
人類は結局滅亡し、後に残ったのが「不動遊星」の人格と一緒にごた混ぜになってしまったZ-oneだった。
英雄が何だ。「不動遊星」が何ほどのものだというのだ。
Z-oneを苦しめる英雄など、私には必要ない。
2.
人類が破滅してからというもの、Z-oneは時折、発作を起こすようになっていた。
「大変だ、パラドックス! Z-oneがまた暴れだした!」
「またか! 連続でもう四日目だぞ!」
軽い発作なら、Z-oneはその場に倒れこむだけで済む。仲間は倒れたZ-oneを部屋まで連れ帰り、ベッドに寝かせてやればいい。
問題は、重い発作が起こった場合だ。
これが起きてしまうと、発作が収まるまでの間に、Z-oneの中で今まで大人しくしていた「不動遊星」としての一面がZ-oneを食い破って現れることがある。
こうなると、非常に厄介だ。「彼」が優れていたのは、決闘の腕だけではないのだから。
「落ち着いてくれ! 我々は君に危害を与えるつもりはない!」
「黙れ! どこだ、俺のデッキとD-ホイールをどこにやった!」
Z-one、いや「不動遊星」が、鉄の義手を激しく振り回して叫んでいる。いつもは穏やかな青い目も、今は相手に対する不信感と敵意で染まりきってぎらぎらと光っていた。
表層に現れる「不動遊星」が、今の時間軸を正しく認識できたことはほとんどない。発作のたびに、様々な時間軸に存在していた「彼」がランダムに出てくる。
今日の「遊星」は、デッキとD-ホイールをセキュリティに奪われ引き離された時点の遊星だった。
アポリアは、暴れる「不動遊星」を力づくで抑えることができなかった。何しろ自分もZ-oneも年老いてしまっている。一歩間違えると自分も相手も最悪骨折まで行きかねないのだ。
その上、「彼」は戦闘力も人並み以上に高いのだ。当時SP二人を一瞬で伸した相手に、戦闘経験のあるアポリアも苦心していた。
向こうから、小さめのバズーカを持ったアンチノミーが、パラドックスを連れて駆けてきた。パラドックスが、アポリアに身振りで何事かを伝える。
指示に従い、アポリアはいきなり「不動遊星」に飛びついた。
「どけ!」
どけと言われてどけるものではない。更に力を込めてアポリアは「不動遊星」の腰にしがみついた。奮闘もむなしく、アポリアは容赦なく突き飛ばされてしまう。が、その時、
「発射!」
Z-oneの隙を突いてアンチノミーがバズーカのトリガーを引いた。筒からは弾ではなく一塊の糸のようなものが勢いよく飛び出す。それはZ-oneの身体に命中すると、蜘蛛の巣状に展開した。
昔、犯罪現場において、無傷での制圧の際に使用されていたセキュリティの捕獲ネットだ。粘着性のあるネットは、一度絡まってしまえば自分で絶対に振り払うことはできない。
「命中したよ、パラドックス!」
「くそっ、ほどけ! お前たちは、俺に一体何を望んでいるんだ!」
それには答えず、代わりにパラドックスが小さなスプレーを吹きかけることで応じてやった。