罠
藪を掻き分け、ただひたすらに走っていた。
肩越しに後ろを振り返っても、自分を追う姿は捉えられない。しかし、姿は見えずとも確かに追うものの気配は感じられた。
遠くでは、なにやら人の叫ぶ声が聞こえる。
怒声のようなものと、悲鳴のようなもの。
自分を逃がしてくれたあの人たちは、無事だろうか。
背負う矢筒に残る矢は、わずかに2本。無駄にはできない。
しかし、己の主を狙うものの存在に、右手に宿るものが俄かに存在を主張し始めていた。
――久方ぶりの食事と判断したのか。
この危機を脱するためには、それに頼るのが一番手っ取り早いと知っている。
しかし、この力を使うことを善しと思えないテッドは、なかなか行動に踏み切ることができずにいた。
そろそろ走るのも疲れてきていた。
右手の疼きが、ひどく甘い誘惑にすら思えてくるのを、必死に否定する。
捕まってはダメだと。
右手のものは縋るべきものではないのだと。
頭の中で繰り返し唱える。
これは祖父の命を奪ったもの。
これは家族に等しい、村の人々の命を奪ったもの。
行く先々で、戦渦を引き起こし、多くの命を奪ったもの。
直接的ではないにしろ、確かにこれは多くの命を食らったのだ。
自身に与えられたものは、ただ強大な力と、途方も無い孤独のみ。
頼ってはいけない。
これに頼らずに、それでもこの状況を何とかしなければと、打開策をひたすらに探す。
大人しくしていろと、しつこく存在を主張するものを押さえ込みながら、周囲への注意も怠らない。
くそっ、と思わず悪態が口からこぼれた。
心が折れそうだ。
口もとが自嘲の笑みに歪むのを感じた。
その瞬間、背後にずっと感じていた気配が途切れた。
さすがに足は止めなかったが、思わず後ろを振り向く。しかし先ほど確認したときと変わらず、自分を追っていたものの姿は見えなかった。
遠のいていった様子もなかったのに、何故。
不審に思いながらも速度を落とし、ついには止まる。
近くにある木の幹に手をつきながら、もう一度振り返った。
呼吸が荒い。
なんとか立ったままでいるが、足は震えて今にも膝をつきそうだ。
手をついているだけでは耐えられず、木に完全にもたれる形になる。
そこで気づいた。
確かに自分を追っていた気配はなくなったが、代わりに別の気配が現れていた。
気を配るものが多すぎて、新たな気配に気づけなかったのか。
己の失態に気づいて思わず舌打ちをする。
敵か否か。
今の段階では判断のしようがない。
先のものの気配が消えたのが、この気配の主ならば、敵ではないのかもしれない。
けれど、何者なのかがまるでわからない今、敵ではないと判断するのは早計だ。
気配は少しずつ近づいてきていた。
このままの状態でいるのは危険だとわかっていながら、精神と肉体、両方への疲労でなかなか動くことができない。
それでもなんとか、もたれていた体を起こして、少しでも見つかりにくい場所へと思ったとき、目がその姿を捉えた。
肩越しに後ろを振り返っても、自分を追う姿は捉えられない。しかし、姿は見えずとも確かに追うものの気配は感じられた。
遠くでは、なにやら人の叫ぶ声が聞こえる。
怒声のようなものと、悲鳴のようなもの。
自分を逃がしてくれたあの人たちは、無事だろうか。
背負う矢筒に残る矢は、わずかに2本。無駄にはできない。
しかし、己の主を狙うものの存在に、右手に宿るものが俄かに存在を主張し始めていた。
――久方ぶりの食事と判断したのか。
この危機を脱するためには、それに頼るのが一番手っ取り早いと知っている。
しかし、この力を使うことを善しと思えないテッドは、なかなか行動に踏み切ることができずにいた。
そろそろ走るのも疲れてきていた。
右手の疼きが、ひどく甘い誘惑にすら思えてくるのを、必死に否定する。
捕まってはダメだと。
右手のものは縋るべきものではないのだと。
頭の中で繰り返し唱える。
これは祖父の命を奪ったもの。
これは家族に等しい、村の人々の命を奪ったもの。
行く先々で、戦渦を引き起こし、多くの命を奪ったもの。
直接的ではないにしろ、確かにこれは多くの命を食らったのだ。
自身に与えられたものは、ただ強大な力と、途方も無い孤独のみ。
頼ってはいけない。
これに頼らずに、それでもこの状況を何とかしなければと、打開策をひたすらに探す。
大人しくしていろと、しつこく存在を主張するものを押さえ込みながら、周囲への注意も怠らない。
くそっ、と思わず悪態が口からこぼれた。
心が折れそうだ。
口もとが自嘲の笑みに歪むのを感じた。
その瞬間、背後にずっと感じていた気配が途切れた。
さすがに足は止めなかったが、思わず後ろを振り向く。しかし先ほど確認したときと変わらず、自分を追っていたものの姿は見えなかった。
遠のいていった様子もなかったのに、何故。
不審に思いながらも速度を落とし、ついには止まる。
近くにある木の幹に手をつきながら、もう一度振り返った。
呼吸が荒い。
なんとか立ったままでいるが、足は震えて今にも膝をつきそうだ。
手をついているだけでは耐えられず、木に完全にもたれる形になる。
そこで気づいた。
確かに自分を追っていた気配はなくなったが、代わりに別の気配が現れていた。
気を配るものが多すぎて、新たな気配に気づけなかったのか。
己の失態に気づいて思わず舌打ちをする。
敵か否か。
今の段階では判断のしようがない。
先のものの気配が消えたのが、この気配の主ならば、敵ではないのかもしれない。
けれど、何者なのかがまるでわからない今、敵ではないと判断するのは早計だ。
気配は少しずつ近づいてきていた。
このままの状態でいるのは危険だとわかっていながら、精神と肉体、両方への疲労でなかなか動くことができない。
それでもなんとか、もたれていた体を起こして、少しでも見つかりにくい場所へと思ったとき、目がその姿を捉えた。