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 鈍く光る銀鼠の鎧に、少しくすんだ黄色いマント。
 その顔までは、まだ距離があるため知ることはできないが、纏う雰囲気が、一般の兵ではないと教えてくる。

 ――こちらから見えるということは、当然向こうからもこちらの姿は見えているはずだ。
 今更隠れる気もなくなって、テッドはそのまま相手の動向を窺うことにした。
 忙しなかった呼吸も、常のそれへと変わっていった。


「――どこの子どもだ、君は」
 テッドまでその足であと5歩、というところで、男はとまって聞いてきた。
 少し前まで戦場にその身を置いていたせいか、雰囲気とその瞳は鋭いままではあるが、それでもなんとか、精悍なその顔に笑みを浮かべていた。
 少し距離を置いて止まったことも含め、子供を怯えさせないようにとの配慮であろうか、と警戒は解かないままにテッドは思う。
 黙ったまま男を見つめていると、その眼がただ鋭いだけでないことに気づく。
 吸い込まれそうな漆黒の瞳の中に、深い情が見え隠れしていた。
 安堵さえ覚えてしまいそうな男の眼を、じっと見ながらテッドは、何故か懐かしさを感じている自分に気づいた。
 遠い昔に、こんな瞳の持ち主と会ったことがあっただろうか。その懐かしさの理由がわからずに、知らず記憶を探り始めたところで、もう2つ、気配が近づいてきたのを察した。

 黙ったまま、そのうえ怖がる様子も見せず、ただじっと男の顔を見る子供に、男は困惑の面持ちになった。
 何の反応もないままではどのように対処すれば良いのかがわからないのだ。
 テッドにしてみれば、「どこの子供か」などと聞かれたところで答えようがないのだが――。
「――テオ様」
 2人の間に流れていた奇妙な沈黙をやぶったのは、男の後ろから現れた青年だった。
 男が後ろを振り返り、青年たちと言葉を交わすのを見て、彼の部下だろうかと思いながら、テッドは青年の言った名前を反芻する。


 ――テオ。

 どこかで聞いた名だった。
 ごく最近、どこかで。
 少しばかり記憶の糸をたぐって、そして気づく。

 テオ・マクドール。
 バルバロッサ・ワーグナーの下に属する将の名だったはずだ。

 目の前のこの男がその人物なのか。


 テッドが男の正体を察したところで、男――テオはもう一度テッドを振り返る。
「この争いも落ち着いた。家まで送ろう。いったいどこの――」
「いらない」
 テオの言葉を遮ってテッドが言うと、テオは驚いたような顔をする。それが、否定の強さのためか、今まで黙ってきた相手があっさりと言葉を紡いだからかは、テッドにはわからない。
「どんな施しも受ける気はない」
 何の感情もその眼に映すことなく、ただそれだけ述べると、テッドはテオたちに背を向け立ち去ろうとした。
「待ちなさい」
 かけられた声に、小さく舌打ちをする。同時に、お人好しめと心の中で毒づいた。
 このまま無視して立ち去っても良いが、おそらくテオは追いかけてくるだろう。ならば、ここで大人しく話を聞いてやる方が良い。
 そう結論付けてテッドは、まだ何か用かと振り返る。
「争いが落ち着いたとはいえ、こんなところに子供を1人でほうっていくわけにもいかない。一緒に来なさい」
 予想どおりの言葉に、少しばかり苛立ってくる。
「だから――」
「帰るところがないと言うなら」
 施しなんて受けるつもりはない。そんな心配りは迷惑だ。
 そう言うつもりだった。
 これ以上この男とはいられない。
 優しさ溢れるこのテオという人間からは、少しでも早く離れたかったのに。
 テオはテッドの言葉を遮って言う。
「私のところに来なさい。ちょうど君と同じ年ごろの息子がいるんだ。きっと退屈はしないだろう」

 ――何ということを言うのか、この男は。

 酷く甘美な言葉に、テッドは、いま立っているところが、とてつもなく頼りない場所のように感じた。


 自分に居場所を与えてくれると、帰るところを与えてくれると言うのか。
 今まで心の奥で渇望しながらも、必死に目を背けていたものを――、テオはあっさりと差し出してきた。
 ダメだ、ダメだ。
 その手をとってはいけない。
 後悔するのは自分なのに。

 頭ではわかっているのに、心はテオの言葉から逃れられない。
 何が何でも立ち去るべきだった。
 否、その前に、この男とはやはり顔をあわすべきではなかったのだ。
 あの時、止まるべきではなかったのだ。
 先のソウルイーターの誘惑などよりも、酷く甘美で、温かな言葉は、心を確りと捕らえてくる。

 まだ理性は、その手をとるなと警鐘を鳴らしている。
 けれど、もう逃れることなど不可能だとも思っていた。
 心身ともに疲れ果てた今、どうしてこの誘惑から逃れられようか。


 気が付けば、テッドはテオの言葉に頷いていた。
作品名: 作家名:いずみ