デンノウノツカイ
3
『セキュリティマスコット/電脳の使い ―時をかける少女杏里―』は自らが築いた屍の山、正しくはウィルスの残骸を増やし続けている。自身の数倍はあろうかという巨大な怪物に怖じもせず斬りかかっていく姿はセーラー服を纏えど侍と称するに相応しい。その覚悟も侍宛らで、このパソコンと主人たる帝人の情報を守るためなら彼女は自分を顧みない。心配してくれる主人の言葉に逆らうことは心が痛むが、毎日のように大量に現れるウィルスから守るためには仕方のないこと、と最愛の主人から護身用に与えられた日本刀を模した対ウィルス用プログラムを振るい続けるのである。
その日もセキュリティの及ぶ範囲内と外界との境界で迎撃しようと待ち構えていた彼女はしかし、突如として目の前に現れた扉に構えを解かざるを得なくなる。
『他の電脳の使いから接触がありました。来訪を許可しますか?』
扉にはそう書かれていて、同じく扉に書かれた相手のアドレスは杏里のそれだ。彼女は眉を寄せる。
時をかける少女杏里は現実の杏里をグラフィックモデルに作られている。そのことに不満はない、寧ろ主人の気を引くためにこの外見はかなり有益で、その上で主人は現実の少女と架空の少女の区別を明確にしてくれているのだから、それは喜ぶべきと彼女は考える。
しかしこのパソコンへ送られてきた初日に主人が見せた、1分にも満たない葛藤を見ていたのも事実だ。架空の少女の前提に現実の少女がいることは疑いようもない。それ故に時をかける少女杏里は杏里に複雑な感情を抱く、この外見でいることを許してくれている感謝だとか、主人から恋愛感情を受ける羨望だとか、現実で主人と触れ合えることへの嫉妬だとか。
その対象からの接触にも等しい、電使の来訪。彼女は少し考えて、扉を開けた。
しかし扉の向こうには何もいない。首を傾げても何もいない。
「?」
「あんりちゃん」
傾げた首を下方へと向ければ
「!!?」
3頭身で赤ん坊程の大きさの主人がいた。思わず抱き上げる。白い服にところどころ緑をあしらった服に緑色のサングラス、という主人が着ているのを見たことがない服装ではあったが、それは間違いなく主人をデフォルメしたものだった。
――マスター、マスターのぬいぐるみ……!!
なにこれ欲しい、という感情をどうにか抑えて笑顔を作る。
「お名前は?」
「がくえんてんごくみかど、がくと」
「学人君、ですね。私は時をかける少女杏里、時、と呼んで下さい」
「みどり、あんりちゃん、ときちゃん」
舌足らずで言葉が足りていないところがまた、喋るぬいぐるみらしさを助長している。こちらからの言葉は正確に伝わっているようなのでプログラムとしては問題ないが、外見が外見なので彼女にはぬいぐるみとしか思えない。可愛い、と叫ぶのは抑えたが、代わりに行動へと感情が出た、思い切り抱き締める。なまじ胸が大きいので傍から見れば窒息しそうにも見える、電使が呼吸をするのならばの話だが。
「むぎゅーっ!?」
彼はぱたぱたと短い手足を動かす、本人にとっては暴れているつもりらしい。体格差があり過ぎて彼女には伝わらなかったが。
――マスターのぬいぐるみ……
暴れているつもりの彼を抱き締めながら彼女は、ほう、と溜め息を吐く。なにこれ欲しい、がどうにもならなくなってきている。
――マスターが帰ってきたら打診してみよう
当然、学園天国帝人は園原杏里の所有物なので却下された。
『ズルイです、現実でもマスターを堪能してパソコンでも飼っているなんて!』
「語弊があるよ、時さん」
『ああ、いつも言いますが私のことはどうぞ呼び捨てて下さいと』
「それは分かったからいい加減にそのこを放そうか」
『せめて外見のコピーだけでもッ』
「駄目ったら駄目です」
翌日、略取誘拐は犯罪だと説教を食らう少女の姿があったとかなかったとか。