ハバネラ
誰もいない隣へ言葉を投げかけていたことに気づき、慌てて後ろを振り返った。一緒に泳いでいたら相手だけ流されてしまったかのように、水谷は数メートル前に通り過ぎたショーウィンドウで立ち止まっていた。
「1500円か……」
ファミリーレストランふうのそこに並ぶ、たくさんの食品サンプルの中で水谷がうわごとのようにつぶやいた「1500円」は、分厚いステーキではなく、はたまた豪華な和食の御膳でもない。
「栄口、これ一緒に……」
「やだよ絶対やだ」
言い終わる前に断らないと何かとんでもないことに巻き込まれてしまいそうな恐怖感があった。
隣のビールジョッキが子供サイズに見えてしまうその佇まいをたとえるなら、生クリームがたっぷり乗ったそれはまさに白い巨塔。アイスクリームやらコーンフレークやらが何段にも層を成し、そびえ立つその塔へぎっしりと詰め込まれている。上部へ盛り付けられたフルーツの切り方も心なしか大きめで、てっぺんから突き出ている棒状のものは普通のパフェによくあるポッキーではなく、よく見ると花火だった。
「これはさすがのおれでも1人じゃ無理っぽくね?」
量も形も仕掛けですらも常軌を逸しているパフェを食いたいなんていう奴の言う事は往々にして常識はずれだ。甘い物は嫌いじゃないけれど水谷ほど気狂いでもない自分が、こんなアホみたいにでかいパフェに挑戦するなんて一種の拷問だと思う。それ以前に男2人だけでパフェを半分こは、誰かに見られたら要らぬ誤解を招きそうだ。
「これ男2人で食うのってビミョーすぎる」
「そうかなー」
「彼女でも作ってその子と一緒に食えばいいじゃん」
「あー」
「女子って甘い物好きじゃん、あーいいんじゃね?」
遠い未来予想図でその場をやり過ごそうとしたら、水谷はさらりと言ってのけた。
「じゃあ栄口、おれとつきあって? 実は前からおれ栄口のこと……って何その顔、ドン引きしないでよ」
「きもい」
「ひっどーい」
いくらきつく突き放しても元々がゆるいせいなのか、ゆらゆらした笑顔にかわされる。多分こういうのを「のれんに腕押し」って言うんだ。手ごたえが全く感じられない。
「ていうか水谷さっきCD買って金ないって言ってなかった?」
「あ、そーだった」
ちぇ、と名残惜しそうに吐き捨て、水谷はくるりと踵を返した。隣で未練たらしくぶつぶつ繰り返す言葉の端々に、しつこく生クリームという単語が混ざっている。
こういう水谷を少しでも「かわいい」と感じてしまう自分はやっぱりまともじゃないんだろうか。自意識が普通と異常のはざまで常に揺れ動く。だって水谷は男なのだ。その辺の女子よりはよっぽど甘い物が好きだし、考え方もどこか乙女チックなのだけれど。
「仕方ねーなー、マックでシェイクでもおごってやろうか?」
「えっ!! まじ?!」
「どの味がいい? いちご? チョコ? バニラ?」
「あーん、ゆーとくん大好きあいしてるぅ」
ふと、誰かがこそりとからかうように言った言葉が胸をかすめた。
「……お前さぁ、そんなんだからホモくさいとか言われんだよ?」
「はぁ? 誰がそんなん言ってんだよ」
「うちのクラスの女子とか」
そういうふうに話した本人たちもただの冗談のつもりだったんだろけど、棘みたいに突き刺さって心を痛めつける。そんな不安をまんま水谷へ向けたら嫌な気分にさせるとわかっていたのに。
「1500円か……」
ファミリーレストランふうのそこに並ぶ、たくさんの食品サンプルの中で水谷がうわごとのようにつぶやいた「1500円」は、分厚いステーキではなく、はたまた豪華な和食の御膳でもない。
「栄口、これ一緒に……」
「やだよ絶対やだ」
言い終わる前に断らないと何かとんでもないことに巻き込まれてしまいそうな恐怖感があった。
隣のビールジョッキが子供サイズに見えてしまうその佇まいをたとえるなら、生クリームがたっぷり乗ったそれはまさに白い巨塔。アイスクリームやらコーンフレークやらが何段にも層を成し、そびえ立つその塔へぎっしりと詰め込まれている。上部へ盛り付けられたフルーツの切り方も心なしか大きめで、てっぺんから突き出ている棒状のものは普通のパフェによくあるポッキーではなく、よく見ると花火だった。
「これはさすがのおれでも1人じゃ無理っぽくね?」
量も形も仕掛けですらも常軌を逸しているパフェを食いたいなんていう奴の言う事は往々にして常識はずれだ。甘い物は嫌いじゃないけれど水谷ほど気狂いでもない自分が、こんなアホみたいにでかいパフェに挑戦するなんて一種の拷問だと思う。それ以前に男2人だけでパフェを半分こは、誰かに見られたら要らぬ誤解を招きそうだ。
「これ男2人で食うのってビミョーすぎる」
「そうかなー」
「彼女でも作ってその子と一緒に食えばいいじゃん」
「あー」
「女子って甘い物好きじゃん、あーいいんじゃね?」
遠い未来予想図でその場をやり過ごそうとしたら、水谷はさらりと言ってのけた。
「じゃあ栄口、おれとつきあって? 実は前からおれ栄口のこと……って何その顔、ドン引きしないでよ」
「きもい」
「ひっどーい」
いくらきつく突き放しても元々がゆるいせいなのか、ゆらゆらした笑顔にかわされる。多分こういうのを「のれんに腕押し」って言うんだ。手ごたえが全く感じられない。
「ていうか水谷さっきCD買って金ないって言ってなかった?」
「あ、そーだった」
ちぇ、と名残惜しそうに吐き捨て、水谷はくるりと踵を返した。隣で未練たらしくぶつぶつ繰り返す言葉の端々に、しつこく生クリームという単語が混ざっている。
こういう水谷を少しでも「かわいい」と感じてしまう自分はやっぱりまともじゃないんだろうか。自意識が普通と異常のはざまで常に揺れ動く。だって水谷は男なのだ。その辺の女子よりはよっぽど甘い物が好きだし、考え方もどこか乙女チックなのだけれど。
「仕方ねーなー、マックでシェイクでもおごってやろうか?」
「えっ!! まじ?!」
「どの味がいい? いちご? チョコ? バニラ?」
「あーん、ゆーとくん大好きあいしてるぅ」
ふと、誰かがこそりとからかうように言った言葉が胸をかすめた。
「……お前さぁ、そんなんだからホモくさいとか言われんだよ?」
「はぁ? 誰がそんなん言ってんだよ」
「うちのクラスの女子とか」
そういうふうに話した本人たちもただの冗談のつもりだったんだろけど、棘みたいに突き刺さって心を痛めつける。そんな不安をまんま水谷へ向けたら嫌な気分にさせるとわかっていたのに。