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ハバネラ

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 予想していたとおり水谷は「ふざけんなよー、おれホモじゃねーし」とあからさまに機嫌を悪くした。はいはいとなだめるように返事を返し、「ホモ」という単語の持つ重さにゲンナリする。水谷を見ると顔が緩み、自分のできる範囲なら何でもしてやりたいと思ってしまうのはやっぱり「ホモ」なんだろうか。
 違うと思いたい。誰かに嘲笑されるのも、水谷に悪意を剥き出しにされるのも、ただ怖い。水谷へ対する頑なな態度にはそういう理由があった。
 「だいいち俺が好きなのは栄口だけだっつの」
 「は、はぁ?」
 「あれ? 俺何か変なこと言った?」
 「……そういうのをホモっていうんだよ」
 「そうなの?」
 「そうだよ」
 言い包められて水谷は黙ってしまった。何か言葉をかけて慰めるべきなんだろうけど頭がちっとも働かない。
 誰が誰を好きだって? 隣を歩く茶色い頭は確かに俺を好きだ、そう言った。
 ホモ疑惑というさっきまでの話の流れから、あんなに自然に俺へ「好き」と言える水谷が信じられない。「好き」と言われたことを喜んでいいのか、そんな水谷を冷たくあしらってしまったことを後悔すればいいのか、どちらへ感情を傾けたらいいんだろう。何にせよ喉が渇いて何も話せない。
 やっぱいちごにする、とつぶやいた言葉がどこから続いているのかわからなかった。そのいちごが2つ前くらいの話題からワープしてやってきていることに気づいたのは、ハンバーガーショップの赤いのぼりがチラチラ見え始めたころだった。
 「ふみき」
 「なんでいきなり下の名前で呼ぶんだよ!」
 「お前だってさっき『ゆーとくん』って言ったじゃん」
 肩にかけていたカバンがずるりと大げさに腕をすべり、頬を赤らめて水谷が焦っている。その素直すぎる反応が胸の中にわだかまっていた不安を一気に消し去った。あきらめる寸前に声が届いたら身体中に変な自信がまとわりつく。もしかしたらという薄っぺらなラベルにくるまって、ぴかぴか光る安っぽい偶然へ飛びつきたくなる。水谷はどう思ってる?
 「ふみき大好きあいしてる」
 そういう柄じゃないから目も見れず、さっきふざけて言われたセリフを棒読みしただけなのに、マクドナルドのすぐ手前でへなへなとしゃがみ込んだ水谷は動かない。腰を曲げ、どうしたものかと様子を伺うと、茶色のフワフワがうずくまる腕と腕の隙間から「反則だ」というくぐもった声が漏れた。そんな水谷を膝で軽く小突いたら、ただならぬ決意を貼り付けた顔を上げた。
 「栄口、俺やっぱりあのパフェ食いたい」
 「じゃあ戻る? つか水谷金ないじゃん」
 「出世払いにしといて……」
 「いつ何に出世するんだよ」
 「い、いつか栄口の彼氏になる」
 こんな恥ずかしい言葉でも、ちゃんと相手の目を見て話せるところは見習わなければいけないと思った。
 「彼氏かぁ」
 「か、かれし……?」
 「……水谷、今日はシェイクで我慢しときなよ」
 「ふぇ?!」
 早口でしゃべるとかっこ悪いってわかってる、どこか焦ってるみたいだろ? こういうことをスマートに片付けられる余裕なんて持ち合わせていない。けれど顔から耳まで真っ赤の水谷へ何もしないという選択肢は、もう自分の中にはなかったから笑える。
 「出世も何も、もう水谷は俺の彼氏だから」
 猫の鳴き声みたいな悲鳴を上げ、水谷はまた地面へと小さくなった。その手をつかんで無理矢理起き上がらせると、力なく伸びた腕の先で視線を俺へと向けられない水谷がらしくもなく恥らっていた。
 「栄口は時々すごいこと言う……」
 水谷のほうがよっぽどだと思うけどあえて言い返さなかったのは、これ以上マクドナルドの前で水谷に屈伸運動をさせておくわけにもいかないからだった。もはやぐだぐだの水谷の手を引き自動ドアをくぐると中の空調が冷たく感じる。それは多分自分の顔がほてっていたからなのかもしれない。
 結局起き上がらせてからシェイクの代金を払うときまで手はうやむやに繋いだままだった。財布を取り出そうと手を腰ポケットへ伸ばしたら、それに気づいた水谷が慌てて絡めていた指を離した。不自然に泳いだ視線はめぐりめぐって隣の俺へと行き着き、目が合った俺に声も出さぬまま水谷は小さく口を動かす。
 『すき』
 死ぬかと思った。
 もう降参だ。水谷と、その周りをキラキラ跳ねて回る偶然のたぐいに、流れのままノックダウンされよう。
作品名:ハバネラ 作家名:さはら