鉄の棺 石の骸4
いつも通り、飲料のボトルにストローを差し、Z-oneは渇いた喉を潤そうとした。
「――おや?」
Z-oneは、唇にちょっとした感覚を覚える。細くて硬い感触を唇に差しこまれ、生ぬるい液体がゆっくり頬を伝い落ち、とても美味しいそれを自分が満足するまで存分に与えられる記憶。
パラドックスはあの後、何も言ってこなかった。
連日の発作で意識がまだらになっているのだろう、と、Z-oneはそれ以上追及するのを止めた。
人間である以上、誰にだって寿命は来る。
パラドックスは、仲間内で先陣を切って亡くなった。
亡くなる前に、パラドックスは個人用のレポートデータを、幾重にもパスワードをかけて誰にも分からない場所にこっそり隠した。
いつかはZ-oneが復活させてくれるだろうが、それまで人の目に触れさせたくないデータがたくさんあるのだ。
もし誰か見つけても、普通に見ようとするなら、パス解読に百年以上はかかる計算になっている。
『愛とは何だ?』
アンチノミーの愛。
それは、良きも悪きも全てその人そのものとして受け止めること。
アポリアの愛。
それは、全ての害なすものから、武器をふるってでも誰かを守り通すこと。
Z-oneの愛。
それは、大切な誰かの為に、自らをも捧げてつくすこと。
パラドックスの愛。
それは、……。
復活してパラドックスがまず最初に行ったことは、生前密かにしたためていたZ-oneに関する個人的なレポートの消去だった。
データを呼び出して、デリートキーを押すだけの単純な作業は味気ない。様々な彼への思いがごた混ぜに混ざったレポートは、あっけなくこの世から消滅する。
残っているのは己の頭の中のそれだけだ。
自らの思いは、後に残さずパラドックスが持っていく。
パラドックスの使命は、この世界を根幹から根こそぎ掻っ捌くような大それた使命だ。
時への過ぎた干渉は、反発した大きな力をもってして修復される。罰として実行した本人を巻き込んで。
どこまでの干渉ならば、時の反発作用を少なくできるか。パラドックスの二度目の死を前提としたこの実験は、無謀なまでの地獄への片道切符だ。
それでも、次の仲間たちの道しるべになるのだから怖くはない。
最後にパソコンの電源を落とし、パラドックスは住み慣れた部屋を一度も振り返ることなく出て行った。
恐らくもう、二度とここへ戻ってはこれまい。
『愛とは何だ?』
世界を分け隔てなく観察し、
彼の全てを解き明かして己のものとし、
敵のありかを知らせて彼の目となり耳となり戦う。
最後には、自らをもモルモットにして、充実した実験結果と共に彼に捧げよう。
これは私の愛だ。過去に誰一人として大切な研究対象を見つけることができなかった私の、最初で最後の愛だ。
これが愛ではないと言うなら言え。滑稽だと嗤うならそこで嗤って見ているがいい。
これが私の見つけた私なりの愛なのだ。
Z-one。君を愛している。
(END)
2011/2/27