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コーコーセーゴーホーム

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 こちらへ向けた背中は丸く縮こまり、うっすら肌の色が透ける白いTシャツに水谷の曲がった背骨がにゅっと浮き出ている。オレと関わることを体育座りで拒否する水谷はずっとその体勢をし続け、袖から伸びた二の腕は依然として緊張を解こうとしない。
「いつもはこうじゃないんだよ!」
「いつもっていつだよ」
「オールウェイズだよ!」
 和訳すればいいってもんじゃないだろうと思ったけど、言い返す前に水谷はそっぽを向いてしまった。
 とにかくそのやりとりを最後に、水谷はかれこれ30分背中でモノを語っている。もちろんオレはその言葉を読み取ることなんてできない。喜怒哀楽すら不可解だ。多分「怒」と「哀」が混ざった背中なのかなとニュアンスでしか汲み取れないのは、まだつきあって日が浅いという理由も少なからず関係しているんだろう。
(つ、つきあっている……)
 慣れない言葉に頭の中のぐるぐるが一瞬渦を止める。オレと水谷はどうやらつきあっている、らしい。たぶん。水谷の「つきあっちゃわない?」へ「いいんじゃない?」と答えたから、オレら二人は「つきあっている」のだ、世間一般に言う恋人同士というやつなのだ。
 けど言葉のイメージとオレらの実態は遥かに遠い。「水谷はなんか好きだなぁ」の『好き』が友情なのか愛情なのか、それで友達がいいのか恋人ってなんなのか、よくわからないままつきあうことになって、水谷と一緒に坂道を転がるボールみたいにゴロゴロ転がってしまっている。
 いやしかし男相手に「つきあっちゃわない?」とか言う水谷は本当に頭がどうかしてると思う。もしかしたらあれは冗談のつもりだったのか? だったらもっといつもみたいにヘラヘラしながら「どーよ?」と笑えばオレだって「バーカ」と軽く小突いて流せたのに、中途半端に本気を入れ混ぜてくるあたりが水谷らしい。正直オレも心の中で「マジか」と「落ち着け」を繰り返していたんだけど、持てる限りの平常心で「いいんじゃない?」と返すと今度は「じゃあ一緒に帰ろう」と水谷は言う。おののいた。「かばん取りいくから待ってて」と身を翻されたらうっかり引き際を見誤ってしまった。
 この妙な告白劇場がどこまで続いているのかわからないまま途中まで一緒に帰って、家で携帯を取り出すと、先に着いた水谷から語尾にハートの絵文字が踊っているメールが来ていた。文面はありがちでありきたりだったけれど破壊力は抜群で、オレはすごく慌ててとにかく乱暴に携帯を閉じてしまった。さっき言うはずだった「バーカ」を今閉じた携帯にひとりぼやく自分の喉からおかしな笑い声が出る。あの水谷が一体どんな顔でこのメールを打ったのか想像するとあいつが異様にかわいく思えてくるのはなんでなんだろう。
(変だ、水谷ってこんなにかわいかったっけ?)
 そんな疑問が浮かんだときからもう転がり始めていたんだろう。坂道の傾斜も長さも予測できないけど、ただ知っているのは坂を下るボールには加速がつくってこと。最初はゆっくりだったはずなのに今は周りの景色すら見えないくらいだ。
 思わせぶりに勢いよくカーテンを引き、振り返って「オレはすごく緊張しています」という頬を上げた表情を思い出すと、それが何十分前の出来事だったのかは覚えていないけど、今でもつられて顔が引きつる。オレは水谷の緊張した顔が好きじゃない。だってあっという間にこっちにも伝染して、理由もわからず無性に不安になる。気おされて肩に掛けていた重いバッグがずるりと部屋の床に落ちてすぐにきつく抱きしめられた。
 誰かとつきあうって一体どんなことをするんだろう。二人してお花畑で手を繋いでスキップでもしていればいいんだろうか。世の中にはそういう形の恋愛もあるんだろうけどオレと水谷でそれは結構笑える、でも笑えない場面だ。だから結局水谷のしたいように流されている。最初はオレと水谷でこんなことするなんて笑えないよと思っていても、握られた手が温かかったり、触れた唇が柔らかかかったりすると、勢いのついたボールは固定観念をわりと簡単にぶち壊す。
 極めつけは何かが終わった後の水谷が見せるあの具合の悪そうな顔だった。伏せていた目をゆっくり開き、へたれた笑顔でこちらの様子を伺う。何でそんなに自信がなさそうなんだろう。水谷がしてくるそれが嫌だったらすぐにでも蹴飛ばしてるはずだ。つまり、水谷が思う以上に、オレは冗談ではなく水谷のことが好きになってしまったのだ。水谷も少なからずオレのことが好きで、そして二人はつきあっているのだ。「つきあっている」。まだ違和感がある。もしかして本当にお花畑手繋ぎスキップをしないとオレはこの言葉を咀嚼することはできないのだろうか。抱きとめられた腕の強さに息が詰まって頭がくらくらする。
「……水谷、苦しいって」
「うえっ、ごめん!」
 ぱっと離した手が行き場もなく空中で右往左往している。水谷はラジオ体操を締めくくるみたいにゆっくり腕を戻し、猫背になってオレを見た。「嫌じゃなかった?」って怯えた目で訴えてくるな、口で言え。そしたらオレだってもっと素直になれると思うのに。全然嫌じゃないし、ただ息苦しかったことを伝えただけだったから、抱きしめる力をちょっと緩めてもらえれば、ずっと水谷の鎖骨の辺りに顔をうずめていたって構わない。
「さ、さ、あの、その」
 カーテンを閉じた部屋の中は暗く、水谷はうつむいて尚もどもる。何を言いたいのかとそちらを向くと、昼間の視聴覚室によくあるぼんやりとした薄暗さを挟み、まともに水谷と視線がかち合った。ぎょっと身構えたら、わずかに動いた首の付け根の熱さを感じた。
「ベッドでっ」
 ごにょごにょと後へ続く言葉が何かわからなくても、水谷の顔の赤さがあっという間にオレにも移る。だってオレはベッドで何をするのか前もって水谷から聞かされている。それについて二つ返事でハイどうぞと頷いたわけじゃないけど、「夜まで誰も帰ってこない」という水谷の家へ誘われ、ふらふらついて来てしまった時点で既にオレの貞操観念はなし崩しになってしまっているのだ。
 いや、でも、水谷に、水谷にだったら、別に何をどうされても……とか真剣に思いつめている自分は相当やばい。だってその寸前、とはいっても何を基準として前後を分けるのかは知らないけれど、そこまではして(するとかしないとか普通に言ってる自分が信じられないよ)、んでこれから先はもう入れるか入れないかの問題で、水谷が入れたいって言うから、つきあってる立場のオレとしては「へーそうなんだー」と聞き流すわけにもいかなかったから「マジで」と返して、それからというもの挿入されるという危機に怯えつつ悩みに悩んで今に至る。オレと水谷はどこへ向かって転がっているんだろう、きっと奈落じゃないだろうか。
 そしてあのとき、オレも水谷も近い未来のこの悲惨な状況を予想できただろうか。できるわけがない。圧倒的に余裕が足りない。余裕なんてジャスコにでも西友にでも簡単に売っていればいいのに。買うよ。
作品名:コーコーセーゴーホーム 作家名:さはら