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覚えてていいよ

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 とっくの昔に意識は覚めているのにオレは息を殺して様子を伺っている。さっき薄く目を開いたとき視界に入ってきたのは誰かのひざだった。誰かって多分、栄口なんだろう。思い当たる人物はそれしかいない。その栄口はずっとオレの手を触っている。軽く握って、時々感触を確かめる、ただそれだけの動作なのにオレは声をかけるタイミングを失って瞼の後ろのほうで「どうしようどうしよう」ってまごまごしてる。手なんて部活の時だって繋ぐし、それにオレと栄口は男同士なわけだから何の意味もない、フツーだフツー。けど栄口はなんだか心底大事そうにオレの手を触っているような気がするとかいう変な思い込みが邪魔をして状況を全然打開できない。
 立場を変えて考えてみる。もし栄口がぐうぐう寝ていたとしたらオレはその手を握ったりするだろうか。いや、しないね、無理矢理起こすか、そのまんま寝転がしておくかのどっちかだ。じゃあなんで栄口は何の変哲もないオレの手なんか触ってるんだろう。この前できたマメでも触りたいんだろうか……、だったら普通起きてるオレ言うよな。つうかあんまりマメはどうでもいいっぽいかんじ。ぎゅっと握ってる時間のほうが長い。
 あーもーわかんない。栄口は何がしたいんだろう。そりゃあオレの手を触りたいから触ってるんだろうけど、なんか変な感じがする。もしや栄口は手フェチでオレの手は好みのタイプなのかもしれない。で、どうするよ。「栄口って手フェチなの?!」ってがばっと起きて言えるか、言えねー。
 そう、オレはどうやって狸寝入りをやめたらいいのか悩んでいるのだった。正直そろそろ同じ体勢で規則正しく寝息を吐くのも辛くなってきた。しかしストレートに「なんでオレの手触ってんの?」とは言えない空気が漂っている。今のところ思いつく対応はさっきあげた2つくらいしかなく、それじゃ栄口は返答に困り、部屋の中には気まずい空気がたちこめてしまうだろう。それはなんか嫌だな。こう、ごくごく自然に今目が覚めましたよ、まだ寝ぼけ気味ですよっぽいテンションでいくっていうのはどうだろう。「むにゃむにゃまだ眠い、あれ栄口どうしたの?」くらい逃げ道を作ってあげたら栄口もうまく誤魔化せるだろう。そういえば前もこんなことがあったけどあの時オレはどうしたっけ、あれっ、あれは夢なんだっけ……、うーんなんか鼻がムズムズ……、だ、だめだ……。
「っくしょん!」
 やばい、と思った瞬間に栄口と目が合って、オレは数秒前すでにわかりきっているのにもう一度やばいって思ってしまった。栄口の眉が1センチくらい上下に動き、あっという間に手は離された。オレがゆっくり身体を起こすと栄口は机の向かい側でシャーペンを握り、教科書へ目を落としていた。その一連の動作があまりにも早すぎてオレはまた夢だったのかなと疑問を持ってしまう。
「さかえぐち、さぁ……」
「……」
 返答は無かった。もしかして勉強教えろと頼んだのにぐうぐう寝てしまったのを怒っているのだろうか。
「あ、手?どうしたのかなって」
「……」
「あと前、部室でオレの頭触ってなかった?」
「……」
 栄口は尚も黙り込み、オレだけが意味のわからないことを口走るおバカさんみたいになっている。「あれ? オレの勘違い?」
「……忘れろ」
「ふぇ?」
「前のも今日のも、全部、忘れて」
 突きつけられた言葉を飲み込めないうちにかしましい音を立てて栄口の弟が帰宅し、最初の約束どおり勉強会はお開きとなった。結局古典の勉強は何もできず、オレは半泣きの一夜漬けで古典を頭の中へ詰め込みテストへ望んだけれど、赤点よりプラス5点という首の皮一枚の成績に思わず背筋がぞっとした。巣山から「栄口は古典で百点取ってたんだぜ」と聞いて、あの時寝ないで真面目に教わっておけばこんな惨事にはならなかっただろうと、今更ながら後悔した。
 テストが終わると今度はまた次のテストの範囲の授業が始まった。オレの頭は目の粗いザルでできていて、この前のテストのために勉強した内容も、今受けている授業もざらざら落ちて記憶の川へ流れていく。この間の古典なんて、テスト終了のチャイムが鳴ったと同時に記憶が消し飛んだ気がするから、「いとナントカ」も「ナントカあはれ」もどんどん流されて海までたどり着いているに違いない。
 でも、まだ覚えていることもある。
(全部忘れて)
 伏せた目、きつく結んだ唇の端、妙に力が入っているシャーペン、あの時ほど切羽詰った栄口を見たことは無かった。朝何食べたのか晩飯食うころには記憶に残っていないときがあるオレだけど、あの日のことは何だか知らないけどまだ覚えている。
 多分あの出来事は夢じゃないと思う。だって栄口は『忘れて』って言ったから、オレの髪と手に触ったっていうのは実際にあったことなんだろう。
 栄口はもう忘れてしまったのかもしれない。けどオレは覚えている。栄口が望むように記憶を消せない。頭を撫でた、指に触れた、そんな栄口の手の優しい感触を思い出して変に切なくなるときがある。どうして栄口がオレへあんなことをしたのかわかるまできっと忘れられない。だからまだ、覚えている。
作品名:覚えてていいよ 作家名:さはら