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覚えてていいよ

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 下から飲み物を持って来たらもう水谷は自分のバッグを枕にして寝転がっていた。小さく声をかけても聞こえてくるのは穏やかな寝息だけで、そっとオレの枕とバッグを交換しても水谷は目を覚まさなかった。
 今日の数学のテストは多分自己最悪点な気がする。オレは数学とその他2教科の勉強なんて右から左へ流しただけで終わりにしてずっと古典をやっていたからだ。
 水谷に頼りにされたのが嬉しくて、何を質問されても答えられるように、ちょっと気持ち悪い精度まで勉強してしまった救いようのないバカがここにいる。水谷の中で「古典なら栄口に聞こう」っていう印象がオレについているのが誇らしい。ぶっちゃけ古典なんて大して好きじゃないし、ただ点が取れるから得意って気がするだけだけど、こうして水谷と二人きりで勉強できるなら古典さまさま本当にありがとうって思った。
 そんな努力も思惑も見事にぶち壊して水谷は人んちでぐうぐう寝ている。オレのしょっぱい予想だと「栄口ここわかんない」「これはこうだよ」「すごーい」っていう展開になっているはずなのに、質問は投げかけられず、感嘆の声も上がらず、ただ水谷は深く深く眠り、テーブルを挟んで投げやりに勉強するオレとを隔てて溝みたいなものができてしまっているように感じる。
 努力は裏切らないが、報われるとも限らない。むやみやたらと張り切ったしっぺ返しの肩すかしは今一度「好きになる相手をもう一度考え直しなさい」と教えてくれる。オレと水谷の間にあるのは溝なんて狭いものではなく、きっと川ほどあるに違いない。大きく声を上げ全力で両手を振ろうとも、向こう岸の水谷へは「栄口が何か言って微妙に動いている?」くらいにしか届かないのだろう。片思いをしているとついそんなことばかり考えてしまう。
 真正面でガン寝している奴のせいにするつもりは無いけれど、一人で勉強しようとしてもあまり集中できない。水谷は弟が帰って来て騒がしくなるまで起きない気がする。オレは寝ている水谷を起こせない。前もそうだった。自分で目を覚ますか、もしくは何らかの外的要因がないと、水谷が幸せそうな顔で枕へ頭を預けることをオレはやめさせられないのだった。
 横向きで寝入る水谷はゆっくり呼吸を繰り返すだけのとても静かな生き物で、いつものだらしなくてちゃらんぽらんな雰囲気は影を潜める。このギャップもオレが水谷の眠りを妨害できないひとつの要因だ。むやみに起こしてしまってはもったいない気がするのだ。オレの好きな水谷を不審がられることなく好きなだけ見ていられる幸せ……。き、キモチワルイ。こんなことを普通に思いつく自分に嫌気が差す。オレは水谷を好きになることの不毛さについて改めて考える。やたらテンションが上がってしまいテスト期間なのに部屋の掃除までした。部屋に水谷と二人っきりですごく緊張しているのもオレだけ。バカみたいだ。いや実際バカなんだろうけど。
 もう一度「水谷」と呼びかけてみたけど返答は無く、日の光がまるで薄い膜のように閉じた瞼の上で淡く輝いていた。傾いた寝相の水谷はなんだかかわいくて、鼻先から少しのところで交差した腕がまとまっている。中途半端に開いたままの手のひらへ指の影が落ちているのを見たら、オレは無性に水谷の手を握りたくなってしまった。良くない癖だった。
 こんなことしているのを水谷にばれたらきっと不気味がられるんだろうけど、寝ている水谷の髪を撫で、しかも見事に気づかれなかったあの日以来どうもオレの気は大きくなっている。手くらい握ったって水谷は目を覚まさないに違いない。
 ごくりと唾を飲み、関節が不自然に曲がる指にそっと触れた。水谷は微動だにしなかったけど、オレの頭の中では小さなオレが右往左往にうるさくワーワー走り回っている。そのままぎゅっと指を絡ませたら、寝ている水谷の体温がじんわりこっちへ伝わってくる。幸せすぎる。幸せすぎて思わず変なところからゆっくりため息が出た。手を握っただけでこんなに幸せになれるなんて世の中の法則が絶対どこかおかしくなっている。部活のときだって心臓が跳ねて仕方ないのに今日はオレの部屋で二人きりで独り占めだ。独り占めとかすぐポンと出てくる自分が本気でキモいな。
 水谷の指は節々がしっかりしている普通の男の骨っぽい手だったけど、中指の真ん中あたりにマメができているのを見つけた。そういえばちょっと前にそんなことをぼやいていたのを覚えている。
「あ、ホントだ、硬くなってら」
「いっぱい練習した勲章みたい」
「潰すなよー?」
「へへへ、はーい」
 そう頷き、にやにや笑って手のひらを確かめていた。水谷はふらふらしている外見の割には努力家なのだ。誰かと比べるつもりはなく、惚れた欲目を抜きにしても、水谷は本当に頑張っていると思う。オレはその事実を自分だけ知っていたくて、周りへ隠しそうになってしまう時がある。水谷はかっこいいし、やればできるし、本当はすごく真面目だってことを誰かに気づかれてしまったら、きっといろんな人が水谷を好きになってオレは今までどおりぼんやり片思いなんてできなくなってしまうだろう。防衛本能か、それとも計算高いだけか。
 水谷の少し伸びた爪を指の腹で撫でながら自分の欲の深さを省みる。水谷がオレ以外の誰かと付き合うことでこの淡い希望を砕かれてしまうのが嫌だった。結局のところオレは自分の保身しか考えていないと気づく。きれいな片思いなんて存在しない。
作品名:覚えてていいよ 作家名:さはら