それは……
「ほらほら、やましい事してないなら、すぐに言えるだろ。吐けば楽になるぞ」
正臣が立ち上がり手をわきわきさせて帝人へ詰め寄れば「あ、あぅ」と恥ずかしそうに俯かれる。
「恥ずかしい事したのかっ! キスより卑猥なことかっ! 知らない間に帝人がそんなふしだらな、がふっ」
正臣の台詞を遮るように帝人の鞄が頭上に降りおろされた。天罰だ。
「変なこと言わないでよっ」
「誰も聞いちゃいないって」
「聞かれたらもう学校来れないよ」
「引きこもる気も起きないぐらいスリリングな日常を帝人に提供してやるよ。これぞ天岩戸大作戦なり」
「それって、スリリングさが偽物ってこと?」
「俺提供の俺舞台、脚本俺、主演俺、わき役俺、ヒロインーー」
「全部言わないでいいから」
「ヒロインは帝人な。出てこないと話がはじまらねぇから引きずり出してやる」
「天岩戸、関係ない」
「帝人は女神様だなっていう俺の小粋な告白をスルーたぁいい度胸だ」
正臣の言葉を無視して帝人は開いた口にマシュマロを放り込む。
「お、チョコが入ってるタイプか」
「色々あるよ。食べるんならあげる」
袋ごと渡してくる帝人に礼を言って食べながら正臣は問いかける。
「んで、結局? 破廉恥帝人さんは俺に何をぶはっ」
「人に変な名前付けないでよ」
「馬鹿者! 教科書をきっちり持ち帰ったりするお前の鞄は重いんだぞっ。それで殴られてみろ、頭蓋骨陥没だ。二度も殴ってからに。俺じゃなきゃ全治一週間だっ」
「正臣以外にこんなことしないよ・・・・・・てか、正臣以外はこんなこと言わない」
帝人の溜め息にも正臣はめげない。
「俺を夢の世界から引き上げた魅惑の感触は何だって言うんだっ! あれは帝人じゃなくて夢か? 全部俺のドリームか? まぁ、リアルでも頂いたが帝人からっていう美味しいシチュエーションは幻か!」
「ああ、うん。それは・・・・・・マシュマロかな」
言いにくそうに帝人が正臣が持っている袋を指さす。
「マシュマロ、マシュマロ・・・・・・唇の暗喩か? 帝人も詩的だな」
「違うから。え、っと・・・・・・寝てる正臣、食べさせようと・・・・・・」
気まずげに口にする帝人。
正臣は首を傾げて、頭を回し、携帯電話を見た。
「帝人、別に今日はホワイトデーじゃないぞ」
「わかってるよ。当日どうせ正臣はいっぱい配りながら食べるでしょ」
なぜかお返しを渡しているのに「お返しのお返し」を手に入れる正臣を思う。
あるいはそもそもチョコレートを貰っていない相手にホワイトデーとして菓子を渡して返品されたのを自分で食べるという寂しいことを平然とする。
「俺からチョコを貰った帝人は先んじてお返しをくれるという、そういうアレなのか、うん?」
「どういうなのかは知らないけど・・・・・・正臣食べなかったけど」
「俺の唇にぐいぐい押しつけて口の中に入らなかったマシュマロは帝人の中に消えたのか?」
「あ、えぅ。だって、その、袋に戻すわけにいかな」
「ほうほう、帝人は俺のダイレクトアタックより間接チッスの方が興奮しちゃうのか。マニアックだなぁ。モロだしヘソだしよりチラ見せが好きと」
「なんで変な言い方するのっ! 恥ずかしいから黙ってたのに」
帝人が顔を両手で隠す。
首まで真っ赤なので隠れてない。
「慣れるほどにやればいいだろ」
正臣は笑って袋から取り出したマシュマロをくわえて帝人に迫る。
「んんっ」
「ひゃんとたべろ」
嫌がるように首を振る帝人。
手で口を隠していないのだから本気で嫌がっているわけではない。嫌ではなく恥ずかしいのだろう。
正臣が舌でマシュマロを突っつけば躊躇した後に帝人はごっくんと飲み込んだ。
丸飲みだ味などわからないだろう。
「美味しかったか?」
「ありがとうなんて、言わないからね。誰かに見られたらどうすーー」
帝人の言葉が途切れた。固まったまま動かない帝人の視線の先を正臣も追う。
園原杏里が立っていた。
「すみません。ノート忘れてしまって・・・・・・用事も終わりましたしまだ二人がいたらって」
気まずそうな杏里に正臣は「せっかくだから杏里も一緒に」と口にして「何言ってるのっ!!」と即座に帝人にツッコミをもらう。
「大丈夫です。終わるまで私待ってます」
「いやいや、園原さん」
「おぉ待ってろ、杏里。すぐ袋を空にして三人で帰ろう」
「はいっ」
「なに言ってるの二人ともっ」
ひきつった帝人の声はすぐに正臣に塞がれた。
口の中に次々入れられるマシュマロに息苦しくなる。
時々察したように正臣が飲み込みきれないマシュマロを帝人の口の中からさらっていく。
杏里は笑いながらそれを見ていた。
放課後の教室でそれは異常な光景なのかもしれない。
繰り返されるのなら日常になるのだろう。
それは、あまい、あまい幸福の時間。