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ユースカルチャー

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 ふらつくスポットライトがまたステージ上へと戻り、曲目を告げた男子生徒の奥へより強い影を作った。前のほうで騒ぐ生徒の一群へ加わらなくてもいいのか、と問うと水谷は、ううん、と首を横に振ったのだが、メロディラインをなぞるギターへドラムが加わったあたりでその目が妙に生気を持ち始め、栄口は相手がやせ我慢をしていることを知った。自分が知っている曲はたいてい水谷も知っている。今演奏されているこの曲も音楽に関してアンテナの高い水谷から教わったものだった。これは確か「聴くとテンションが上がる」と説明されたのを覚えていたから、少し離れたところでぼーっと突っ立っている自分に構わず、はしゃぐ皆に混じったほうが楽しいんじゃないだろうか。栄口の頭の中にふっと余計な感情が湧いた。
 暗幕に覆われた体育館の中で執り行われている後夜祭は、最後から2番目の出し物、3年生男子によるコピーバンドで一番の盛り上がりを見せた。演奏が巧いのかそうでないのかは素人の栄口にはわからなかったが大勢を巻き込む勢いがあり、ステージの近くで飛んだり跳ねたりしている生徒がほとんどだった。栄口はどことなく気後れしてしまってその輪へ入るタイミングを失い、ぼんやり『高校の文化祭』というものを遠くから見ていた。いつもと違い少し浮かれた様子の生徒たちがなんとなくおっかない。
 水谷がこういうときに黙っていられない性分なのは知っていた。今だってボーカルの男子生徒が振り上げる手の動きに合わせて手のひらが小さく閉じたり開いたりしている。さっきから演奏されるのはどれもこれも水谷の好きそうなアップテンポの曲ばかりで、怖気づいてしまった自分を置いてとっととにぎやかなみんなに加わって騒げばいいのに。栄口にとってはそのほうが気が楽だった。
「これ水谷好きな曲だろ」
 返事は無い。ステージから反射する光が隣の肩口へてんでバラバラな形の影を落とす。
「さっきからずっとこうじゃん、オレなんか気にしないで行ってこいよ」
 サビが終わるとギターのソロ、そのあとにまたサビの繰り返し、『そこがちょうかっこいい』。曲の構成をも教えてくれたことを思い出すと栄口はこんなつまらない自分と一緒に突っ立っている水谷がよりいっそう不憫になってくる。
 やっと開いた水谷の口が紡いだ言葉は「うん」でも「やだ」でもなく歌詞の一部分だった。ギターの旋律に隠すように水谷はボソボソとつぶやいたが、何度と聴かされていたフレーズだったので栄口には瞬時に今演奏している曲のそれだと判別できた。意訳すると確か『僕は忘れられない』だったか。
 水谷は奥歯をぎゅっと噛み締めたあと、珍しく眉間に皺を寄せて今まで見たこともない表情をした。不機嫌なような、怒っているような、とにかく栄口の知らない顔のまま、やたら丁寧に自分の名前を呼ばれた。
「オレと付き合ってよ」
 マイクとスピーカーが共鳴し、耳を裂く音とともにまたボーカルは耳に残りやすいサビを歌い始める。
「つ、」
 きあうって、どういう意味。
 と栄口は尋ねたかったが、口が『つ』の形のまま痺れて動かなかった。予感がなかったわけじゃなかった。けど自分の中でその気持ちの輪郭をしっかりと縁取ることがどこか恐ろしくて見ない振りをしていた。だから今も答えを待つ水谷へ目を向けることができない。なんとか口を閉じることはできたものの、今度は上と下の唇がひっついて開かなくなってしまった。
「あーー!!」
 隣で大きな声がしたので思わずびくりと身体を震わせた栄口を見もせず、水谷はそのままズカズカと大股で歩き、上下にリズムを取る生徒の一群へと加わった。呆気に取られた栄口はもう胴上げみたいなことをされて異様にハイテンションな水谷の姿を見た。さっきまでの静かさが嘘だったかのように腕を振り上げバカみたいにケタケタ笑っている。
 その場へしゃがみこむと人の壁のおかげで轟音は少し小さくなった。輝くステージに煽られ、たくさんの生徒の影が体育館の床でうごめく様子がやけに目へはっきりと映ってくる。
「……うわぁー」
 栄口がこぼした小さな諦めは締めのディストーションとともに暗幕に吸い込まれ、本人にすらよく聞き取れなかった。
作品名:ユースカルチャー 作家名:さはら