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ユースカルチャー

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 まさか自分がこんなにもでかい声を出せるとは思わなかった。どうやら他の部員もそう思っていたらしく、グラウンド整備に携わっていた部員はおろかベンチの首脳陣まで、一様に何事かと驚いた顔つきで二塁に立ち尽くす水谷を見ている。数百メートルと離れているあのカップルにも聞こえたのか、二人でこっそりとグラウンドを伺っているのが何だか気分がいい。止まった時の中で動作をやめなかったのは栄口一人だけだった。大声を出した水谷へ振り向きもせず、さっきと同じペースで空のじょうろを持って水場へと近づいていく。
 ベンチから「うるせーぞー」という声がして水谷の独壇場は幕を閉じる。本気を出せばオレだってこんなに大きい声が出せると知ると水谷はなんとなくすっきりした。
  これで全部終わりにしたつもり。保護したっきりのメールもきっと消せる。今日はまだ無理だけど、きっと明日からは少しずつ栄口にやさしくできるはず。そして目の前の、水を汲んできた栄口のことを『かわいい』なんて思わなくなる日がそのうちやって来る。
 栄口は砂埃でずいぶん濁った緑色をしているじょうろから水を出すでもなく、水谷が均した土の上へ静かに置き、うつむいたまま「手、貸して」と言う。トンボを片手で持ち、もう片方を何の気なしに差し出すと、両手でぎゅっと包み込まれた。
「あーあーあー」
「なに栄口、ちょっと怖いよ」
 見たこともない変な様子に水谷が不安げになったら栄口はいったん呻くのをやめたのだが、すぐにまた一言、「あー!」と地面へ吐き出した。
「水谷ごめん」
「別に」
 よりいっそう栄口のことを諦められなくなる気がしそうで水谷は謝られたくなかった。
「ごめん、本当にごめん」
「……オレこそごめん」
 好きになってごめんね、そう続けようとしていたのに栄口は水谷の言葉をさえぎる。
「オレもなんだ」
「なにが」
「す、好きなんだ」
 片手にあったトンボがぱたりと倒れ、小さく砂が舞う。
「きっ、聞いてない……!」
「だっだだだって、言ってないし……!」
「おーい、皆ちょい集合ー」
「うわわわ」
「水谷トンボ忘れてる!」
 慌ててトンボを拾い、わたわたと走り出す。立て続けにいろんなことが起きて頭の中の整理が全然追いつかない。とにかく栄口はオレを好きだから、なら多分思い描いていた最悪のパターンをなぞらないでも済むのだろうか。ずっと思い詰めていたぶん実感がわかない。なにが面白いのか水谷にはさっぱりわからないけれど隣の栄口は肩を震わせ「ははっ」と小さく笑った。
「どした?」
「やっと言えた……」
「言えたってそんな……」
 自分は待つことのできない性分だと気づかされたのはこれが2度目だった。水谷が文化祭の日栄口に告白し、返事を聞かずに逃げてしまったのが1度目、今日のこれが2度目。だって小心者で臆病だからしょうがないと思っていた。けれど今、目を細めた栄口から何か眩しいものを見るように微笑まれたら、水谷はこのいくじなしな性格をなんとか直したいなぁという気分になった。
作品名:ユースカルチャー 作家名:さはら