ハッピー・バレンタイン
二月を過ぎると街も人も、常より落ち着きをなくす。赤やピンクを基調としたデコレーション、甘い匂い、大小様々なハート達。言わずと知れたバレンタインである。
女性で賑わう店を横目で眺め通り過ぎる静雄もまた、落ち着かない一人だった。例年ならバレンタインなど、自分には無縁のイベントととして気にもしない。当日も会社で事務の女性が全員に配って14日なのに気づく位だ。それがなぜ今年になって気になるかといえば単純明快で、好きな女が出来たからである。
通り過ぎた店に来良の制服を見て一瞬歩調が乱れるが、すぐに違うと気づいてそのまま歩を進めた。
ここ暫く気になるのが、彼女、竜ヶ峰帝人は誰かにチョコレートを渡すのだろうかということだ。
高校生ともなれば好きな男がいても不思議ではない。だが帝人が誰かに恋を告げてそいつのものになってしまうなど、考えただけで胸が痛くなるし苛々する。かといって帝人に告白する勇気もない静雄にはどうしたらいいのかなどわからなかった。
悶々としたものを抱えながら街を歩く静雄の視界に見覚えのあるコートが映った。
「よう、竜ヶ峰」
「静雄さん。こんにちは」
礼儀正しく下げられた頭を軽く撫でると柔らかく笑まれる。それにつられるように静雄も笑った。
「竜ヶ峰ももう帰りか?」
「はい。夕飯の買い物をして帰ろうと。そうだ、静雄さんこの後は何かご予定はあります?」
「いや、特にはねえな」
「今日おでんにしたかったんですけど、一人だと余るのでもし嫌いじゃなければ一緒にどうですか?」
思いもしなかったお誘いに静雄の思考が一瞬止まった。固まって動かなくなった静雄に帝人が首を小さく傾げる。それが可愛くてつい無意識に手が伸びたが寸でに行き先を頭に切り替え小さなそれを撫でた。それに帝人が恥ずかしそうに赤い顔で笑うものだからまた静雄の内心は悶絶して大変なことになるのだが、なんとか隠しきった。
「なら要るもの買ってくか」
「はい」
そんな会話を交わして一緒にスーパーで買い物をしていることになんだか恋人とか夫婦みたいだと思ったり、帝人の主に防犯面が心配になるアパートで一緒に食卓を囲むこととか狭い空間に二人きりなことに幸せを感じたり理性を削られたり、静雄の中だけでは色々と大変だったのだが、なんとか無事に帝人との夕飯を終えて静雄は家路につくことが出来た。
幸い、親しくはなれているのだと思う。でなければ食事に、ましてや一人暮らしの家に男を誘うなどしないだろう。警戒心がないのかと最初は心配と不安を持ったのだが、どうやら信頼してくれているかららしい。それはそれで対象外といわれているようで複雑なのだが。
しかし親しくなったといってもそこからどうしたらいいのかがわからない。恋人にはなりたいが、いきなり告白などして折角の良好な関係を壊したら多分自分は立ち直れないだろう。きっかけもそういったことが苦手な静雄ではなかなか作りづらい。
「はあ。どうすりゃいいんだか」
『静雄?どうしたんだ?』
夜の公園で黄昏れていたら、通り掛かったセルティに心配された。
『ここ最近ずっと何か悩んでいるだろう。よかったら話してくれないか?』
自分ではいつも通りにしていたつもりだが友人にはバレていたらしい。心優しい彼女らしく心配をしてくれていたことに心苦しくなるが、かといって打ち明けるのも躊躇われた。
『もしかして恋の悩みか?』
「何でわかったんだ!?」
静雄の勢いに気圧されて若干のけぞりながらもセルティが言うには。
『静雄の様子がおかしいと新羅に相談したら、『それは恋患いだね!』って言っていたんだ』
セルティに長年片思いをしていた新羅からすれば分かりやすかったらしい。基本新羅を信じているセルティもそれで納得して静雄に聞いたのだろう。結果、見事に図星だったというわけだ。
『で、誰が好きなんだ?どんな子だ?私の知っている子か?それならアドバイスとかもできるかもしれない。あ、でも言いづらかったら別に名前は言わなくて良いぞ』
「あー……その……」
静雄らしくなく煮えきらない返事だが、セルティは急かすことなく待っていた。それで静雄も覚悟を決めた。
「竜ヶ峰……だ」
『帝人か!?』
頷く静雄にセルティは興奮を隠しきれないようだ。
『そうか!帝人はいい子だからな!彼女なら私達のことも怖がったりしないし。可愛いし、お似合いだと思うぞ!』
「そ、そうか?」
お似合いの言葉に照れてしまう。だがすぐに暗くなる。
「……でも、あいつは普通の奴だろ。俺なんかじゃあいつには合わないんじゃねえかと思ってよ。それに一緒にいても、普通には話せるんだけどその…雰囲気がな…」
『いい感じになりにくいということか』
「うっ。まあ、そうだな」
ズバリ指摘され言葉に詰まるがその通りだ。帝人といると雰囲気も会話も終始穏やかだが、それだけだ。静雄は帝人を意識しているが、帝人からそういった様子は感じられない。それはいわゆる眼中にないということなのかとも思えて静雄は密かにヘコんでもいた。
『正直帝人はそういったことに疎いというか、鈍い所はあると思う。自覚も薄いしな。夜送るといっても平気で大丈夫と言うし』
それは静雄も気になっていた。この街は一歩道を変えれば安全とは言い難いところもある。だから静雄はなるべく遅くに出歩かないよう言い含めているのだが、帝人は自分が襲われる可能性など全く考えていない。静雄やセルティから見れば帝人は非力で、そして十分に可愛い少女なのだが本人に言わせれば自分みたいな十人並みを襲うのはいないそうだ。大いに間違っていると主張したい、というか常々している。
『だが帝人は静雄のことは好きだと思うぞ。前に憧れているとも言っていたし、そうだ、カッコイイとも言ってたな』
「カッ!?…あ、憧れてるとかは、竜ヶ峰から、言われたことがある。でも、そういう憧れとかって、恋愛とは違うだろ。だから逆にどうすりゃいいのかわかんねえんだよ」
『うーん。なるほど』
腕を組んで悩むセルティ。
『やはり、直接告白するのが一番良いと思うのだが』
その言葉に静雄は言葉を詰まらせ唸った。
「それは、俺もそう思うけどよ。でも……情けねーけどさ、振られてもう話せなくなるのが怖いんだよ。それに、いきなりそんなこと言い出しづれぇし」
『ああ、雰囲気…』
そういえばさっきもそう言っていた。しかしそれで思いついたらしくセルティがポンと手を打った。
『そうだ静雄!バレンタインだ!』
「は?」
困惑する静雄にかまわずセルティは勢い込んで打った文字を突きつける。
『バレンタインならちょうど近いし良いキッカケになるだろう。それで告白するんだ!』
「いや、バレンタインって。俺にチョコでも渡せってのか!?オカシイだろうが!第一こんな時期にチョコなんか買えるかって!」
あの女性だらけのチョコレート売場に男が、しかも静雄のように悪目立ちするのが行くなどロクなことにならないのが目に見えている。
女性で賑わう店を横目で眺め通り過ぎる静雄もまた、落ち着かない一人だった。例年ならバレンタインなど、自分には無縁のイベントととして気にもしない。当日も会社で事務の女性が全員に配って14日なのに気づく位だ。それがなぜ今年になって気になるかといえば単純明快で、好きな女が出来たからである。
通り過ぎた店に来良の制服を見て一瞬歩調が乱れるが、すぐに違うと気づいてそのまま歩を進めた。
ここ暫く気になるのが、彼女、竜ヶ峰帝人は誰かにチョコレートを渡すのだろうかということだ。
高校生ともなれば好きな男がいても不思議ではない。だが帝人が誰かに恋を告げてそいつのものになってしまうなど、考えただけで胸が痛くなるし苛々する。かといって帝人に告白する勇気もない静雄にはどうしたらいいのかなどわからなかった。
悶々としたものを抱えながら街を歩く静雄の視界に見覚えのあるコートが映った。
「よう、竜ヶ峰」
「静雄さん。こんにちは」
礼儀正しく下げられた頭を軽く撫でると柔らかく笑まれる。それにつられるように静雄も笑った。
「竜ヶ峰ももう帰りか?」
「はい。夕飯の買い物をして帰ろうと。そうだ、静雄さんこの後は何かご予定はあります?」
「いや、特にはねえな」
「今日おでんにしたかったんですけど、一人だと余るのでもし嫌いじゃなければ一緒にどうですか?」
思いもしなかったお誘いに静雄の思考が一瞬止まった。固まって動かなくなった静雄に帝人が首を小さく傾げる。それが可愛くてつい無意識に手が伸びたが寸でに行き先を頭に切り替え小さなそれを撫でた。それに帝人が恥ずかしそうに赤い顔で笑うものだからまた静雄の内心は悶絶して大変なことになるのだが、なんとか隠しきった。
「なら要るもの買ってくか」
「はい」
そんな会話を交わして一緒にスーパーで買い物をしていることになんだか恋人とか夫婦みたいだと思ったり、帝人の主に防犯面が心配になるアパートで一緒に食卓を囲むこととか狭い空間に二人きりなことに幸せを感じたり理性を削られたり、静雄の中だけでは色々と大変だったのだが、なんとか無事に帝人との夕飯を終えて静雄は家路につくことが出来た。
幸い、親しくはなれているのだと思う。でなければ食事に、ましてや一人暮らしの家に男を誘うなどしないだろう。警戒心がないのかと最初は心配と不安を持ったのだが、どうやら信頼してくれているかららしい。それはそれで対象外といわれているようで複雑なのだが。
しかし親しくなったといってもそこからどうしたらいいのかがわからない。恋人にはなりたいが、いきなり告白などして折角の良好な関係を壊したら多分自分は立ち直れないだろう。きっかけもそういったことが苦手な静雄ではなかなか作りづらい。
「はあ。どうすりゃいいんだか」
『静雄?どうしたんだ?』
夜の公園で黄昏れていたら、通り掛かったセルティに心配された。
『ここ最近ずっと何か悩んでいるだろう。よかったら話してくれないか?』
自分ではいつも通りにしていたつもりだが友人にはバレていたらしい。心優しい彼女らしく心配をしてくれていたことに心苦しくなるが、かといって打ち明けるのも躊躇われた。
『もしかして恋の悩みか?』
「何でわかったんだ!?」
静雄の勢いに気圧されて若干のけぞりながらもセルティが言うには。
『静雄の様子がおかしいと新羅に相談したら、『それは恋患いだね!』って言っていたんだ』
セルティに長年片思いをしていた新羅からすれば分かりやすかったらしい。基本新羅を信じているセルティもそれで納得して静雄に聞いたのだろう。結果、見事に図星だったというわけだ。
『で、誰が好きなんだ?どんな子だ?私の知っている子か?それならアドバイスとかもできるかもしれない。あ、でも言いづらかったら別に名前は言わなくて良いぞ』
「あー……その……」
静雄らしくなく煮えきらない返事だが、セルティは急かすことなく待っていた。それで静雄も覚悟を決めた。
「竜ヶ峰……だ」
『帝人か!?』
頷く静雄にセルティは興奮を隠しきれないようだ。
『そうか!帝人はいい子だからな!彼女なら私達のことも怖がったりしないし。可愛いし、お似合いだと思うぞ!』
「そ、そうか?」
お似合いの言葉に照れてしまう。だがすぐに暗くなる。
「……でも、あいつは普通の奴だろ。俺なんかじゃあいつには合わないんじゃねえかと思ってよ。それに一緒にいても、普通には話せるんだけどその…雰囲気がな…」
『いい感じになりにくいということか』
「うっ。まあ、そうだな」
ズバリ指摘され言葉に詰まるがその通りだ。帝人といると雰囲気も会話も終始穏やかだが、それだけだ。静雄は帝人を意識しているが、帝人からそういった様子は感じられない。それはいわゆる眼中にないということなのかとも思えて静雄は密かにヘコんでもいた。
『正直帝人はそういったことに疎いというか、鈍い所はあると思う。自覚も薄いしな。夜送るといっても平気で大丈夫と言うし』
それは静雄も気になっていた。この街は一歩道を変えれば安全とは言い難いところもある。だから静雄はなるべく遅くに出歩かないよう言い含めているのだが、帝人は自分が襲われる可能性など全く考えていない。静雄やセルティから見れば帝人は非力で、そして十分に可愛い少女なのだが本人に言わせれば自分みたいな十人並みを襲うのはいないそうだ。大いに間違っていると主張したい、というか常々している。
『だが帝人は静雄のことは好きだと思うぞ。前に憧れているとも言っていたし、そうだ、カッコイイとも言ってたな』
「カッ!?…あ、憧れてるとかは、竜ヶ峰から、言われたことがある。でも、そういう憧れとかって、恋愛とは違うだろ。だから逆にどうすりゃいいのかわかんねえんだよ」
『うーん。なるほど』
腕を組んで悩むセルティ。
『やはり、直接告白するのが一番良いと思うのだが』
その言葉に静雄は言葉を詰まらせ唸った。
「それは、俺もそう思うけどよ。でも……情けねーけどさ、振られてもう話せなくなるのが怖いんだよ。それに、いきなりそんなこと言い出しづれぇし」
『ああ、雰囲気…』
そういえばさっきもそう言っていた。しかしそれで思いついたらしくセルティがポンと手を打った。
『そうだ静雄!バレンタインだ!』
「は?」
困惑する静雄にかまわずセルティは勢い込んで打った文字を突きつける。
『バレンタインならちょうど近いし良いキッカケになるだろう。それで告白するんだ!』
「いや、バレンタインって。俺にチョコでも渡せってのか!?オカシイだろうが!第一こんな時期にチョコなんか買えるかって!」
あの女性だらけのチョコレート売場に男が、しかも静雄のように悪目立ちするのが行くなどロクなことにならないのが目に見えている。
作品名:ハッピー・バレンタイン 作家名:如月陸