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 次の日もオレはまたその雑誌を取り出し、机の上に広げてじっくり読んでみる。『恋人に求めるものランキング』、性格はまぁまぁ合ってると思いたい、経済力はこれから、頭……もこれからがんばって勉強するので置いておいて、外見はどうだろう、そこそこ大丈夫なほうじゃなんでしょうか。じゃあやっぱり包容力ですよ。
「水谷なに読んでんの」
 これ、と表紙を返して見せたら花井は「読んだら貸して」と言った。花井はどうだろう、少なくともオレよりは包容力がありそうだ。キャプテンだし、妹もいるし。
「花井、オレに包容力ってあると思う?」
 花井は優しい、というか調和を重んじる性格なので、オレの問いかけに「うーん」と唸ったまま凝固してしまった。
「あると言われればあるような……」
「花井、そんな気ぃ遣わなくていいから……」
 つまり他人目からしてもオレに包容力なんて見受けられないのだ。無いものをどうやって出そうとしていたんだろう、昨日のオレ。
「ま、まぁ、これからだって!」
「ですよねー……」
 花井を困らせるような質問をしたことがだんだん申し訳なくなってきて、オレはいったん話を打ち切った。でも今欲しいんだけどなぁ、包容力。栄口から「水谷って頼れる」って思われる存在になりたいんですけど、やっぱり無理なのかな。
 花井がペラペラと雑誌をめくり始めたらオレは手持ち無沙汰になり、今まで気にも留めてなかった黒板へ視線を向けた。
『生物のノート回収します』
 アレまだ出してないよなぁ、だって今までずっと雑誌読んでたし。しかし机の中をごそごそと探してみるけど、教科書はあるのにノートは見つからない。2時間目生物室に行ったとき忘れてきたのかもしれない。
 花井へおおまかに事情を伝え、生物室までの廊下をのらりくらりと歩く。すると記憶がだんだんクリアになってきて、昼休みに回収するなら寝てて書いてないところを誰かから写させてもらおう……と思って生物室の机の下へ入れたのだった。わりと矛盾している。
 予想していたとおり生物室の机の下にオレのノートはあった。次の時間に授業はないらしく、教室の中が異様に静まり返っているのが異様に悔しい。
 もういいや面倒だし、このまま提出してしまおう。諦めがちに戸口から出たら突然誰かとぶつかった。
「水谷」
 栄口もまさかこんなところでオレと出くわすと思っていなかったらしくとても驚いた顔をしていたけれど、すぐに瞳の色がふっと暗くなる。
「何? どした」
 それはこっちが聞きたいことだった。でもなんだか立ち入っていけないようで、オレは間抜けな自分の事情をあっけらかんと説明するしかなかった。
「栄口はどこ行くの?」
「職員室にプリント取りに来いってさ」
 まさかそれでそんな顔になるわけないよな。ああ、やだなぁ、栄口がオレの知らないことで悩んでいる。
 すると頭の中にピンとここ数日繰り返していた単語が湧いた。
「栄口ぃ、ちょっとこっち来て」
「なんだよ」
 訝しげに首をかしげた栄口を誰もいない生物室へ招き入れ、オレは相手へ向き直る。生物のノートを左手に軽く腕を広げたら、満面の笑みで「どーぞ」とこの前の繰り返しを言ってみる。
 正直その時は冗談のひとつでやったことだった。昨日と同じような感じで、栄口から「バーカ」って言われて二人して笑って、少しでもその緊張したような表情が解けたらいいなぁって思っていた。だって大変悲しいことにオレの包容力なんてその程度のキャパしかない。
 だからまさか、なぜか少し怒った様子の栄口がオレに近づくなり、ゆっくり首を曲げ、鎖骨の辺りに顔を寄せてくるなんて予想だにしていなかった。だって今までこんなことなかったんだもん!やばいやばいやばい、超緊張してる。な、なに、どうしたの栄口。辛いの? 悲しいの? 苦しいの? 聞けないから言ってよお願いだから!
 ていうか多分この場面ならオレは「もう大丈夫だよ……」と言って肩を抱き、やさしく背中を撫でてやるみたいなことをするんだろうけどぶっちゃけ無理! 今までドラマでやってるのを「何あれ爆笑だよ」って馬鹿にしてた自分の余裕って何なんだろう、今こうして好きな人にくっ付かれたら石のように動けなくなってしまった。でもオレは生身の人間なのでちょっと、この、中途半端に開いた腕の角度が辛くなってきました。空気イス的辛さです。ああ……腕の筋トレもっと必死にやっておけばよかった。
 シャツごしにじんわりと栄口の額の熱が伝わってくる。すん、と鼻に通った髪の匂いがやけに生々しくて、沸々とオレは首筋を食べたいってことばかり考えている。耳から鎖骨まで、歯を立てて自分のものにしたい。
 でも耳を澄ませたら栄口が繰り返すかすかな呼吸の音がして、オレの理性は振り切れることなく臨界地点スレスレで波打っていた。そうだった、栄口はなんか弱ってるんだった。そういうときにこういうことをいたすのは思わしくない、悪くすれば嫌われてしまうだろう。でも触りたい、でも腕が痛い、でも無神経っぽい、でももう腕が限界!
 軽い音を立てて生物のノートが床へ落ちる。最初に耐えられなくなったのはノートを持っていた手首だった。情けない、これでもオレは運動部なんだろうか。
 びくりと肩を震わせた栄口はその姿勢を崩すことなく、じりじりと2、3歩奥へ下がった。うつむいたままの栄口がどんな顔をしているのか全然わからない。せめて顔を上げて欲しい。ていうか漂ってる空気がなんか気まずい。どうしたらいいんだろう、なんて声をかけたらいいんだろう。オレいちおう栄口と付き合ってるんだし、なんかこう素敵なセリフで「水谷……(キュン)」みたいな感じにしたいのに、頭がちっとも働かない。
「み、水谷……」
「はっ、ハイ!」
「……ありがと」
 言うなり栄口はくるりと身を翻し、そそくさと生物室から走り去って行った。オレはへなへなと全身の力が抜けて、ノートの横へしゃがみ込んでしまった。ダメだ、やっぱりオレは包容力以前に自分の器がどうしようもなく小さい。
 ていうかなんか、初めて彼氏らしいことをしてしまったような感じがして恥ずかしくて仕方ない。栄口がすぐさまいなくなってしまったのもわかる気がする。いつものオレっぽく、というよりいつものオレらっぽくなかった。こういうのを繰り返して、恋人同士というのになっていくんだろうか。
 すげー。
 床の曖昧な模様を見つめながら、ふふふふ、と変なところから笑いが込み上げてくる。栄口がいつもは隠してしまう弱いところを、今オレだけに見せてくれたのかと思うとすごくうれしい。いつかまた栄口が寄りかかってきたくなったら、いつでも胸を貸してあげられるようにしたいなぁ。そういうのが付き合ってくなかで大事な気がする。
 『好き』の次は多分こういうことだ。少しだけ物分りが良くなったような気がしたオレはノートを拾って立ち上がる。今から職員室へ遠回りしに行けばプリントを抱えた栄口と会えるかもしれない。そんな小さな期待を抱きつつ、硬い廊下を軽快に歩き出す。