こらぼでほすと 襲撃6
・・・・俺は、そんなに強くないんだよ。おまえらの世話してると、いろんなことから目を背けていられたんだ。・・・・・
世界を憎んだ瞬間から、独りになった。たった一人の身内である弟とも距離をとった。何も感じなければ、何も失くさない。そう、自分を律した。組織に誘われて、そこで刹那と出会ったことで、それが緩んだ。元々、自分は独りで居られるほど強くない。だから、置いていかれた今の状況が寂しいのだ。八個も下の刹那に愚痴ることじゃない、と、笑った。
刹那に、その寂しさや怖さを教えたのは、自分だ。確かに、これは罰だ。教えなければ、刹那は、あんなに情緒不安定にならなくて済んだ。怒るのも無理はないことだ。
ただ、それぐらい愛しいと思っているのも事実だ。この気持ちは変えられないし、自分が与えられるものがあるなら与えてやりたいとも思う。
「・・・ごめん・・・もう聞かない。おまえさんが、なんとかしろ。終わったら話は聞いてやる。」
たぶん、これが正解だ。刹那が言いたくなって自分から口を開くまで、こちらから尋ねない。何事かあって、それが解決して、それを話してくれるまで待つのが、今現在の自分に課せられた役目だ。行動するのではなく、やってくるものを受け止めるだけでいいのだ。
「それがいい。」
「じゃあ、そういうことにしよう。・・・・髪の毛、まだ、水が滴ってんぞ? メシ食ったのか? 」
「うるさいっっ、あんたは黙れ。」
いつものように話すと、刹那も離れた。それから、手にしていたタオルで、ごしごしと頭を拭いている。
真面目に考えたら、どっと疲れた。もう起きるのも無理そうで、ロックオンも身体の力を抜いた。そこへ、刹那の爆弾発言だ。
「忘れていた。明日には、フェルトが来る。」
「え? 」
「あんたのことを心配していた。会いたいと言うので、場所を教えた。」
予定では、明日の夜になるはずだ、と、大したことではないように、黒子猫は言い放つ。
「いや、待て。おまえさん、ここって言ってないだろ? ラボの場所を教えたんじゃないのか? 」
「迎えに行くから問題ない。」
「迎えって・・・何時の便で、どこへ着くか、わかってんだろうな? 」
「エアポートのアライバルゲートに夕方から詰めればいいだろう。」
なんて、無茶苦茶な・・・・と、ロックオンはため息をついた。フェルトが1人で特区へ来たことはないはずだ。行き違いになったら、洒落にならない。相手は、まだ十五の娘なのだ。
「ハイネを探して来い。ちゃんと、軌道エレベーターからの出発便を調べてもらう。」
「あんたは心配性すぎる。少しは、鷹揚に構えろ。」
「おまえが無茶すぎんだよっっ。さっさと行って来いっっ。」
怒鳴るだけで、くらくらするのを我慢して、ロックオンが頭を上げると、刹那は、ちっっと舌打ちして扉へ歩き出した。
「やれやれ、親子喧嘩が、ようやく終結したか。」
扉の外で、ハイネとドクターが、静かになった室内の様子に苦笑する。刹那の怒鳴り声に、看護士が慌てて入室しようとしたのを、ドクターが止めた。親子喧嘩なら部外者は入らないほうがいい、と、入室を待ったのだ。言いたいことは、存分に吐き出してしまえばいいだろう。距離があるから、どうしたって行き違いは発生する。それに、黒子猫は、それほど弱くない。あの状況の親猫に、アレルヤロストを伝えて縋るような真似をするはずがない。
「しかし、どうしたもんだろう? あのベッドじゃ狭すぎて、刹那君まで寝られないだろう。」
「ソファがあるから、そこでいいんじゃないですか? ドクター。あれは、野良猫だから毛布でもあったら寝られる。」
あの様子だと、また、一緒に寝る、と、言いそうだから、ドクターは、そちらのほうが気になる。別荘のクィーンサイズのベッドではないから、さすがに二人は寝苦しい。それについては、ハイネが返答した。
「治療法があればいいんだがね。」
「それは、あなたの所為じゃありません。・・・そろそろ、乱入しませんか? ママニャンのほうが心配だ。」
「そうだな。きみの提案は却下だ。クスリなんかより効果絶大な精神安定剤があるからな。」
「ははは・・・確かに。せつニャンなら、ママには何よりの特効薬でした。差し出がましいことを言いました。」
刹那の、あの怒鳴り声からして、情報提供は頼まないだろう。それなら、刹那を側に置いておけば、親猫は、回復する。それに、明日には、もう一匹の子猫もやってくる。二匹の子猫にかしましく、ニャーニャーと鳴かれたら、親猫も大人しく療養するに違いない。
そんな会話をしていたら、扉が開いて刹那が顔を出した。まさか、そんなところにいると思わなくて、黒子猫もぎょっとした。
「入ってもいいのかい? 刹那君。」
ドクターのほうは、気にした様子もなく動き出す。あれだけ怒鳴ったら、相当消耗しただろう、と、顔を覗かせたら、案の定、親猫は目を開けるのも億劫そうにぐったりと延びていた。軽く脈拍を測り、診察する。ぐったりはしているが意識はあるらしい。
「・・・ドクター、ハイネは? 」
「そこにいる。ハイネ君、ロックオン君が呼んでいるぞ。」
はいはい、と、ハイネもやってくる。ロックオンが、フェルトがやってくることを告げると、そっちは手配した、と、返事した。
「ピンクのフェルトちゃんだろ? せつニャンから聞いた。エアポートの到着便はチェックしてある。悟浄が顔を知っているから、八戒とせつニャン連れて迎えに行ってくれるよ。・・・かかかか・・・おまえ、子猫ニ匹だぜ? さぞかし、ニャーニャーうるさいんじゃないの? 」
「うるせぇー・・・悪いけど頼むわ。」
部屋から出るのも難儀なので、ハイネに一任でお願いするしかない。八戒と悟浄が出迎えてくれるなら、抜かりはないだろう。ただ、問題は自分だ。こんな状態では心配されるのがオチだ。できれば、ベッドに座って話せるぐらいには回復させて欲しい。ドーピングしてでもいいから、と、ドクターに冗談交じりに言ったら、どうにかなるだろうと言われた。
「明日は天候が安定するらしいから、今日ほどのことはないだろう。せいぜい、逢いに来る子猫を甘やかしてあげるといい。」
「本当ですか。助かった。」
梅雨といっても、ずっと雨が降っているわけではない。明日は、曇りから晴天への移行日だと予報されている。そういう日だと、ロックオンの体調も落ち着く。ただし、その後、さらなる不安定な梅雨が続くことは、今のところ内緒だ。
作品名:こらぼでほすと 襲撃6 作家名:篠義