こらぼでほすと 襲撃6
「そっか、大したことはないんだ。ただ、この雨季というか梅雨ってやつが、どうも身体をだるくするらしくて、ここに放り込まれたんだよ。けど、おまえさん、ラボは改修していたのに、よく、ここがわかったな? 」
刹那の何か言いたそうに揺れている瞳に、どっかひっかかるのだが、懸命にそれを隠しているから、そこいらから突っついてみた。何かあったんだろうな、と、刹那の様子からして感じられる。伊達に世話係とかマイスター組リーダーはやってない。他人にはわからない微妙な表情が、ロックオンにはわかるのだ。
「俺が、あそこで改修の責任者をやってたからだよ。」
ようやく出番だよ、と、ハイネが会話に入ってくる。まったく気付かなかったが、ハイネも一緒にやってきたらしい。
「なるほど、それじゃあ、キラも戻ってきてるんじゃないのか? 」
「まだ、プラントだ。鷹さんは、俺とラボにいるぜ。」
こちら、現役現在休職中のザフトのエリート様なので、表情を読ませるようなヘマはしない。
「ラボは使えないのに、エクシアは、どこへ降りたんだ? 」
「別に、完全に使えないわけじゃない。ちゃんと、ラボの格納庫に収めた。・・・何、勘ぐってんだ? ママニャン。」
「・・・いや・・・なんかさ・・・」
何と特定できていないので、はっきりおかしいと断言できない。それに熱があって、頭がうまく働かない。
「せつニャンは、世界一周の旅に出るんだとさ。それで、エクシアで降りて来たんだ。・・・・まあ、うちじゃ、エクシアのサポートは難しいからオーヴのモルゲンレーテというところのファクトリーに協力してもらうことにしたよ。今、鷹さんが、そこの交渉してくれてる。どうせ、ママの様子は見に戻ってるから、その時に整備をしてもらうつもりなんだ。」
ハイネが、ぺらぺらと、降りて来た刹那の今後について説明していると、ロックオンの身体が傾いで刹那に凭れかかった。座っているのも辛いらしい。
「せつニャン、ママを横にしろ。ベッドをフラットに戻すんだ。」
ドクターを呼びに、ハイネが廊下へ出る。本当は、内線で室内からも連絡できるのだが、用事があって地下へ降りた。体調が安定するまで、安定剤でも飲ませてもらおうと思ったからだ。
出て行ったハイネの指示を忠実に、刹那は守って、親猫を横にした。ぐったり延びている親猫に、黒子猫はしょんぼりとベッドの横に立って見ているしかない。
「・・・刹那・・・何があった?」
だが、親猫は意外にも冷静な声を出した。ああ、バレている、と、自分の演技力の無さに、ちょっと頬を歪めた。誤魔化しても、親猫にはわかってしまうのかな? と、気になったが、答えは口にした。
「俺たちには守秘義務というのがある。」
「・・・それは、組織で何かあったってことだな? ティエリアとアレルヤたちは無事なんだろうな?」
「・・・無事だ。」
「・・・ほんとうに?」
「・・・本当だ。」
「キラは、おまえさんたちのとこへ出向いているのか? 」
「キラとは、まだ顔を合わせていない。・・・ロックオン、質問しても無駄だ。」
本当のことなんて言うつもりはない。具合が悪いのに、他人のことばかり心配する親猫に、もう何も教えたくない。延びている身体に覆いかぶさるように刹那が抱きつく。
「あんたは、ここで待っててくれるだけでいい。」
そう言ったら、親猫の身体が震えた。そして、刹那の髪を、ゆっくりと撫でてくれる。
「心配ぐらいさせろよ。」
「しなくていい。」
「そういうことは言うな。寂しいだろ?」
悲しい響きの声音だった。この保護者、いつも飄々としていて、刹那たちに弱音を吐くようなことはなかった。こんな声は聞いたことが無い。
「ロックオンでも寂しいのか? 」
「ああ、寂しいよ。・・・・何にもできないってのがさ。生きてたのに、世界を変えることに付き合えない。」
「あんたが、ここにいることで、俺に付き合ってる。」
「建前はそうだ。けどな、何かあっても駆けつけることもできないし、教えてももらえない。頼りにならないって言われてるみたいだ。」
「そんなことはないっっ。何も無い。みんな、無事に生きてる。あんたが心配するようなことは、何もないんだっっ。」
かなり大声で怒鳴ったら、ぽんぽんと背中を叩かれた。
「・・・おまえらが、ひとりでも欠けたらまともでいられる気がしない。」
「・・・ロックオン・・・」
「俺には、何もないからさ。今まで、それでいいと思ってたんだけど・・・残されるって考えたら怖くなった。先に行くのは楽でいいって思ったよ。」
あのままだったら、楽だった、と、言われて、刹那のほうがキレた。その気持ちを刹那に教えたのは、この保護者のほうだ。抱き締めていた身体から起き上がって、その肩を掴んで睨んだ。
「俺は、あんたにやられた。あんたは、それでよかっただろう。だが、俺たちが、どれほど怖かったと思ってる? ティエリアもアレルヤも、俺も、どれだけ、あんたがいなくなったことを怖いと感じたと思うんだ? 二度とやるなっっ。あんな気持ちになるのは、もうたくさんだ。」
テロリストである限り、死は、とても身近なものだ。それまで、そんなもの考えたこともなかった。保護者が暴走していなくなって、あと少しで救助できたのに、それも間に合わなくて、刹那は落ち込んだ。あの時、初めて、怖いと感じた。死ぬことが怖いのではない。仲間が、それまで、ずっと側にあった存在がなくなることに恐怖を感じたのだ。
「これは、あんたが受ける罰だ。・・・・寂しいのは、あんたが俺たちを怖がらせた罰だ。」
そして、この親猫と一緒にいられない寂しさが、その暴走を止められなかった自分の罰だ。もう、どこにも勝手に行かない、と、約束した。それは、言い換えれば、ここから親猫は動かない、という意味でもある。今までのような細やかなサポートをしてもらえない。全部、自分でやるしかないのだ。
「組織で何があろうと、俺は、それについては、あんたに伝えない。あんたも聞くな。これからは、俺が自分で解決する。」
頼ってはいけない。頼っても、親猫には、どうにかする術がなくなったのだと、はっきり刹那も自覚した。アレルヤのことだって、そういうことだ。情報を漏らしてもらえば、親猫が、ここにいられなくなるかもしれないというリスクも含んでいる。すぐに体調を崩してしまう親猫が、ここで保護されないとなったら、そのほうが約束を守ってもらえなくなる。そう気付いたら、何も言えない。
「・・・刹那・・・」
「あんただけが寂しいわけじゃない。俺たちだって・・・」
「うん、そうだよな。」
「何もないのは、みんな、一緒だ。心配なのも一緒だ。」
ロックオンが刹那たちを心配するように、刹那たちもロックオンのことを気遣っている。どちらも、この繋がりが大切だから、だ。
真剣に刹那が怒鳴っている言葉が、身に染みる。何かしてやれることはないだろうか、と、常々考えているが、その範囲が、とても狭くなっているのだ。宇宙で、何事か遭ったには違いない。だが、それを聞かされても何もできないのだと突きつけられている。それが寂しいと思う。身体がグダグダだと神経も滅入るらしく、つい言わなくて良いことを言ってしまった。
作品名:こらぼでほすと 襲撃6 作家名:篠義