鉄の棺 石の骸6
1.
誰か、私の話を聞いてくれ。
誰でもいいから、聞いて欲しい。
――昨日は私、今日も私。明日も私になりましょう。
――昨日は私、今日も私。明日は誰になりましょう。
――昨日は私、今日も私。明日は彼になりましょう。
――昨日は彼、今日も彼。明日も彼でありましょう。
――昨日は彼、今日は私。明日は何になりましょう。
――昨日は私、今日は彼。明日は何になるのでしょう……。
私が誰かになったなら、あなたは話を聞きますか?
Z-oneの住まう、神の居城アーククレイドル。
彼のしもべたちが全て、使命を果たしに出て行ってからかなりの時間が経過した時のことだ。
Z-oneの目の前には、一人の女性が横たわっていた。名をシェリー・ルブランという。
モーメントエクスプレス開発機構の潜入に失敗し、遊星、ブルーノとシェリーはシャトルに乗せられてワームホールに送られた。シェリーの持つ魔法カード《Z-ONE》のおかげで遊星とブルーノは無事に現代の世界に帰還できたが、シェリーは一人だけワームホールの彼方に放り出されてしまった。
それをZ-oneが拾い上げて、このアーククレイドルに運び込んだのだが。
……それは同時に、Z-oneにとっての苦悩の再開でもあった。
『どうして、その姿なの!?』
Z-oneの眼前で、シェリーが金切り声で叫んだ。感情が高ぶってしまったせいか、目には涙まで浮かんでいる。
『どうして、あなたが、そんな姿をしているの!?』
Z-oneは、ただ気を使っただけだ。今の自分はあまりにも人の姿とかけ離れてしまっている。例えるなら巨大な白いアンモナイトだ。一度目にしたとはいえ、この姿の人間とまともに話す気は起こらないに違いない。
だから、気を使ってシェリーのよく知る誰かの姿を取ってみた。彼女の父、ルブラン博士の姿だ。
シェリーは、一度はZ-oneの手を取ってついて来てくれた。だが、それも一度きりで、彼女は日に日に機嫌を悪くしていった。Z-oneが姿を現すたびに。
そして、今日、彼女の感情の堰はついに決壊してしまった。
『――どうして!』
Z-oneは自分に対する罵倒を、ただ黙って聞いているだけだった。
シェリーが、怒りながら涙を零している。
『どうして、そんな姿で私の前に現れたの!?――お父様が殺された原因である、あなたが!』
こんなはずではなかった。私は、ただ、話を聞いて欲しかっただけなのだ。
――あの時代から、いつもそうだ。
――私は誰かにきちんと話をすることもできない。
「…………」
シェリーを一人白い空間に取り残して、Z-oneは一人アーククレイドルの最深部に引きこもってしまった。
がらくただらけの部屋の中、Z-oneはひれもシリンダーも全て引っ込めて、いつもの通りスリープ状態に入る。
あのままあそこにいたら、Z-oneは例の発作を起こすところだった。人格ごた混ぜの最たるケースであるあの狂乱など、彼にしてみれば、二度と起こしたくもなかったのだ。
以前はZ-oneの狂乱を、身を張って抑えてくれた仲間たちがいた。その彼らも死後コピーロボットとして蘇り、もうここにはいない。それ以上に、迷惑なんてかけたくなかった。
このまま自分を放って置くと、いつかはシェリーに刃を向けることになる。そうなることだけは、避けねばならなかった……。
スリープなんて、名ばかりだ。
Z-oneの意識は確かにある。ただ、この殻から出られないだけだ、スリープ状態は。自らの手でスリープ状態を解ける程度にまで意識が回復するまでは。
発作の時の狂乱が、殻の中で氾濫する。
これはZ-oneの牢獄だ。
――昨日は私。今日は誰?明日は何になりましょう……。
2.
Z-oneは、「運命の神」と名乗ってはいても、実は大したことはあまりしていない。
実際、Z-oneにできる時間の改変は限られている。
時間の改変とは、伸びた枝を少しずつ剪定して、姿を変えていく行為に似ている。重要ポイントの事象を消去し、また新たなポイントを育てていく。
モーメントエクスプレスも、そうやって消滅したものの一つだ。計画の上で不具合を起こした事象の結果を別のポイントに移動し、直ちに元の事象を消滅させる。
消されていった事象の悲鳴ほど、聴いてぞっとするものはない。クラークの最後の叫びを思い出して、Z-oneは寒気を覚えた。
そこまで人として大それた行いをしても、モーメント関連や赤き竜関連はあっさりと消えてはくれない。いくらポイントを歪めてしまっても、モーメントが必ず誕生し、ゼロ・リバースが起こり、ダークシグナーが出現するタイムラインだけはどうしても覆らない。
何度やっても、何度消しても。そのタイムラインの先では、Z-oneの時代のあの破滅が、手ぐすね引いて待っているのだ。
一度バッサリと幹を伐採してしまえば単純で済むが、それをしたら必ず時の反発作用を食らう。例えば、同じポイントに、時代ごとの最強の決闘者が複数揃ってしまうような。
時間の根幹に手を出すべきではない。Z-oneの仲間、パラドックスが身をもって教えてくれたことだ。
それならば、今Z-oneたちが行っているこの計画は、全て無駄なのだろうか。
あの破滅のポイントから、枝の向きを決定的に反らせようとしただけなのに、どうしていつも失敗ばかりなのだろうか。
このまま破滅を繰り返すだけなのだろうか。
ある時間軸では、モーメントエクスプレスはゼロ・リバースの黒幕でもあった。彼らがモーメントの開発を続行させ、ルドガーをそそのかして不動博士を退けようとした。治安維持局にも、彼らの手先が派遣されていた。
ダークシグナーとの戦いの後、モーメントエクスプレスはシグナーたちの敵となり様々な戦いを繰り広げる可能性があった。
それをZ-oneやイリアステルが改変し、モーメントエクスプレスを手の内に収めてしまった。重要な役割を果たす可能性があった男も、今ではれっきとした遊星たちの仲間だ。
いくらモーメントエクスプレスを掌握しても、モーメントとゼロ・リバースの事実は覆らない。
消えてしまったモーメントエクスプレスは、かつての時間軸でもシェリーの敵であった。
あの時間軸のクラークは、事実を知ったルブラン博士をシェリーの肉親や使用人たちごと抹殺した。生き残ったシェリーは、同じく生き残りのミゾグチとともに復讐を誓った。
クラークが欲していたのは、あのカード《Z-ONE》だ。あれも、確かに重要な役割を果たすものだ。以前も今も。
だが、モーメントエクスプレスはイリアステルに掌握され、ルブラン博士を暗殺したのがイリアステルの手先という結果だけ残った。
重要ではなくなったモーメントエクスプレスも、今しがた、ポイントから消されて完全に消滅した。
シェリーの果たすべき復讐の相手は、もうこの時間軸にはいない。
あれからシェリーは、白い空間に一人きりだ。
この空間はただただ白い床と天井ばかりが広がっていて、地平線は果てない。
「……」
誰か、私の話を聞いてくれ。
誰でもいいから、聞いて欲しい。
――昨日は私、今日も私。明日も私になりましょう。
――昨日は私、今日も私。明日は誰になりましょう。
――昨日は私、今日も私。明日は彼になりましょう。
――昨日は彼、今日も彼。明日も彼でありましょう。
――昨日は彼、今日は私。明日は何になりましょう。
――昨日は私、今日は彼。明日は何になるのでしょう……。
私が誰かになったなら、あなたは話を聞きますか?
Z-oneの住まう、神の居城アーククレイドル。
彼のしもべたちが全て、使命を果たしに出て行ってからかなりの時間が経過した時のことだ。
Z-oneの目の前には、一人の女性が横たわっていた。名をシェリー・ルブランという。
モーメントエクスプレス開発機構の潜入に失敗し、遊星、ブルーノとシェリーはシャトルに乗せられてワームホールに送られた。シェリーの持つ魔法カード《Z-ONE》のおかげで遊星とブルーノは無事に現代の世界に帰還できたが、シェリーは一人だけワームホールの彼方に放り出されてしまった。
それをZ-oneが拾い上げて、このアーククレイドルに運び込んだのだが。
……それは同時に、Z-oneにとっての苦悩の再開でもあった。
『どうして、その姿なの!?』
Z-oneの眼前で、シェリーが金切り声で叫んだ。感情が高ぶってしまったせいか、目には涙まで浮かんでいる。
『どうして、あなたが、そんな姿をしているの!?』
Z-oneは、ただ気を使っただけだ。今の自分はあまりにも人の姿とかけ離れてしまっている。例えるなら巨大な白いアンモナイトだ。一度目にしたとはいえ、この姿の人間とまともに話す気は起こらないに違いない。
だから、気を使ってシェリーのよく知る誰かの姿を取ってみた。彼女の父、ルブラン博士の姿だ。
シェリーは、一度はZ-oneの手を取ってついて来てくれた。だが、それも一度きりで、彼女は日に日に機嫌を悪くしていった。Z-oneが姿を現すたびに。
そして、今日、彼女の感情の堰はついに決壊してしまった。
『――どうして!』
Z-oneは自分に対する罵倒を、ただ黙って聞いているだけだった。
シェリーが、怒りながら涙を零している。
『どうして、そんな姿で私の前に現れたの!?――お父様が殺された原因である、あなたが!』
こんなはずではなかった。私は、ただ、話を聞いて欲しかっただけなのだ。
――あの時代から、いつもそうだ。
――私は誰かにきちんと話をすることもできない。
「…………」
シェリーを一人白い空間に取り残して、Z-oneは一人アーククレイドルの最深部に引きこもってしまった。
がらくただらけの部屋の中、Z-oneはひれもシリンダーも全て引っ込めて、いつもの通りスリープ状態に入る。
あのままあそこにいたら、Z-oneは例の発作を起こすところだった。人格ごた混ぜの最たるケースであるあの狂乱など、彼にしてみれば、二度と起こしたくもなかったのだ。
以前はZ-oneの狂乱を、身を張って抑えてくれた仲間たちがいた。その彼らも死後コピーロボットとして蘇り、もうここにはいない。それ以上に、迷惑なんてかけたくなかった。
このまま自分を放って置くと、いつかはシェリーに刃を向けることになる。そうなることだけは、避けねばならなかった……。
スリープなんて、名ばかりだ。
Z-oneの意識は確かにある。ただ、この殻から出られないだけだ、スリープ状態は。自らの手でスリープ状態を解ける程度にまで意識が回復するまでは。
発作の時の狂乱が、殻の中で氾濫する。
これはZ-oneの牢獄だ。
――昨日は私。今日は誰?明日は何になりましょう……。
2.
Z-oneは、「運命の神」と名乗ってはいても、実は大したことはあまりしていない。
実際、Z-oneにできる時間の改変は限られている。
時間の改変とは、伸びた枝を少しずつ剪定して、姿を変えていく行為に似ている。重要ポイントの事象を消去し、また新たなポイントを育てていく。
モーメントエクスプレスも、そうやって消滅したものの一つだ。計画の上で不具合を起こした事象の結果を別のポイントに移動し、直ちに元の事象を消滅させる。
消されていった事象の悲鳴ほど、聴いてぞっとするものはない。クラークの最後の叫びを思い出して、Z-oneは寒気を覚えた。
そこまで人として大それた行いをしても、モーメント関連や赤き竜関連はあっさりと消えてはくれない。いくらポイントを歪めてしまっても、モーメントが必ず誕生し、ゼロ・リバースが起こり、ダークシグナーが出現するタイムラインだけはどうしても覆らない。
何度やっても、何度消しても。そのタイムラインの先では、Z-oneの時代のあの破滅が、手ぐすね引いて待っているのだ。
一度バッサリと幹を伐採してしまえば単純で済むが、それをしたら必ず時の反発作用を食らう。例えば、同じポイントに、時代ごとの最強の決闘者が複数揃ってしまうような。
時間の根幹に手を出すべきではない。Z-oneの仲間、パラドックスが身をもって教えてくれたことだ。
それならば、今Z-oneたちが行っているこの計画は、全て無駄なのだろうか。
あの破滅のポイントから、枝の向きを決定的に反らせようとしただけなのに、どうしていつも失敗ばかりなのだろうか。
このまま破滅を繰り返すだけなのだろうか。
ある時間軸では、モーメントエクスプレスはゼロ・リバースの黒幕でもあった。彼らがモーメントの開発を続行させ、ルドガーをそそのかして不動博士を退けようとした。治安維持局にも、彼らの手先が派遣されていた。
ダークシグナーとの戦いの後、モーメントエクスプレスはシグナーたちの敵となり様々な戦いを繰り広げる可能性があった。
それをZ-oneやイリアステルが改変し、モーメントエクスプレスを手の内に収めてしまった。重要な役割を果たす可能性があった男も、今ではれっきとした遊星たちの仲間だ。
いくらモーメントエクスプレスを掌握しても、モーメントとゼロ・リバースの事実は覆らない。
消えてしまったモーメントエクスプレスは、かつての時間軸でもシェリーの敵であった。
あの時間軸のクラークは、事実を知ったルブラン博士をシェリーの肉親や使用人たちごと抹殺した。生き残ったシェリーは、同じく生き残りのミゾグチとともに復讐を誓った。
クラークが欲していたのは、あのカード《Z-ONE》だ。あれも、確かに重要な役割を果たすものだ。以前も今も。
だが、モーメントエクスプレスはイリアステルに掌握され、ルブラン博士を暗殺したのがイリアステルの手先という結果だけ残った。
重要ではなくなったモーメントエクスプレスも、今しがた、ポイントから消されて完全に消滅した。
シェリーの果たすべき復讐の相手は、もうこの時間軸にはいない。
あれからシェリーは、白い空間に一人きりだ。
この空間はただただ白い床と天井ばかりが広がっていて、地平線は果てない。
「……」