鉄の棺 石の骸6
自分の他は、何もない。ここに連れてきたZ-oneは、先ほど自分が怒鳴りつけるとさっさと姿を消してしまった。
――もう、いい加減気が狂ってしまいそうだ。
「Z-one、いるんでしょう! いい加減に出てきなさいよ」
《……》
姿を見せぬまま、Z-oneはそれに音声だけで答えた。
《――どうしたのですか、シェリー》
イラつく相手だが、そんな奴の声でも安心できるのだ。
「どうしたの、じゃないわ! こんな場所に私を一人残しておいて! 私にこのままここで狂えっていうの、真実とやらも少ししか知らないまま!」
《……ああ、そうでしたね》
Z-oneの声とともに、フィールド魔法が空間上に展開された。フィールド魔法《エコール・ド・ゾーン》だ。
一人分の栄養クッキーとドリンクをその場に転送して、Z-oneは言った。
《これなら、もう大丈夫でしょう? お腹空いたでしょうから、ご飯持ってきました。暇でしたらどうぞ食べてください》
「え、ちょっと、Z-one!」
庭園のソリッドビジョンを残して、Z-oneの声は途切れた。仕方なくシェリーは庭園の階段に腰を降ろし、栄養クッキーをかりり、と一口齧る。
「……あなただって、人の話聞かないじゃない……」
また、一口。
「一体何が、あなたをそうさせたのよ……」
一人きりの無機質な食事は、何だか酷く味気ない。
3.
英雄の人格をその身に降ろした後も、Z-oneを、「英雄の複製品」だの「まがい物」だの言う人間は、実は結構な数がいた。
『――ぬか喜びさせやがって、このなりきりめ!』
せっかく機皇帝から助けることができた人間も、Z-oneの成り立ちを知るや、罵声を飛ばして去って行った。
そんなことが幾度となく続いて、とうとうZ-oneは自らの成り立ちを周囲に明確に明かすことを止めた。
Z-oneについて来てくれた人間の中には、Z-oneの正体を知らないものが多くいる。偶然にZ-oneの正体を知るや、罵倒して去っていく者もいた。
アンチノミーやパラドックス、後になってのアポリアもだが、正体を知ってもZ-oneについて来てくれる人間たちもいた。
そんな人類を全部救おうとするのには、時間も力も何もかもが足りなかった。
モーメントは、機皇帝とともに爆発して文明ごと何もかも吹き飛ばしてしまった。Z-oneの味方になってくれた人たちも、滅亡に巻き込まれて無残に死んでいった。
あのころ、Z-oneには一体何ができたのだろうか。
――昨日は私。今日は彼。明日は誰になりましょう。
――昨日は科学者。今日は英雄。明日は何になりましょう。
――話を聞いてくれませんか、そうですか。
――あなたは私を拒みますか。
――昨日は科学者。今日は英雄。あなたが話を聞かないならば、
――明日は魔王になりましょう。
「……Z-one」
あれから姿を見せない相手に、とうとうシェリーはブチ切れた。
庭園の芝生に、だんっと足を踏み降ろし、どことも知れぬ相手に向かってびしっと指を差す。
「Z-one! 見ているのでしょう、だったら私の話も聞きなさい!」
何故か、映像の向こう側にいる誰かが、びくっとびくついたような、気がした。
《……な、何ですか》
Z-oneの、動揺を隠しきれない声音が、シェリーに届いた。
《どうしたの、ですか?》
Z-oneがどこにいるのか、はっきりとは分からないが、気のせいかこの指の先にいるような。
「私はあなたの話を聞くわ。だから、――私の話を聞きなさい!」
《……はい》
Z-oneはどうやら観念した様子だった。シェリーは、それならいいのよ、とひとまず指を降ろす。
「あのね。私の父はもう死んでるの。私が子どものころに、とっくにね。死んだ人の姿を他人が、着せ替え人形みたいに気易く借りるなんて、私と死んだお父様への侮辱だわ」
《……そうだったのですか、だからあの時》
「そうよ」
シェリーは、一呼吸ついて言った。
「あなた、本当の姿を持ってるんでしょう? まさか、透明人間ってわけじゃないのよね?」
《……はい。でもあれは……》
「別に、人間じゃなくても私は怒らないわ。あなた自身の姿を見せなさい」
《はい》
庭園の映像を突き抜け、やっとZ-oneが数日ぶりに姿を現した。シェリーにとっては見覚えのあるあの白いアンモナイトだった。
「――これで、いいのでしょうか?」
「そうよ。……あるんじゃない。あなたの姿」
『無理に誰かにならなくってもいいよ』
『そんな無礼なことを言う相手は、この私が全てぶった切る』
『君は、科学者でも英雄でも、あるがままの君でいればいい』
いつかに聞いた彼らの言葉が、Z-oneの脳裏に蘇った。
――昨日は彼。今日は私。明日は誰に……。
(END)
2011/3/1