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【かいねこ】千の祈りと罰当たりの恋

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「千の祈りと罰当たりの恋」


side:KAITO


「めーちゃん、他に買ってくるものある?」

買ってくるものリストを、新聞を読んでいるメイコの顔の前でひらひらさせると、うっとうしそうに手で払って、

「ないない。いってらっしゃい」
「ちょっと、ちゃんと見てよ。漏れがあっても、知らないからなね」
「なーいー。いいから早く行け」
「お兄ちゃん、ミクも一緒にいこうか?」

ぱたぱたと走り寄ってきたミクの頭を撫でて、

「ありがと。大丈夫だよ。それより、お風呂にお湯溜めといてくれる?」
「うん!」

元気に頷くミクの頭をもう一度撫でて、僕は買い物に出掛けた。


駅前の商店街まで、歩いて15分程度。
いつもの道のりの途中で、一軒の家が取り壊しの途中なのに気がついた。


あー、ここ、引っ越したんだ。


後に何が出来るのだろう。また一軒家か、そこそこ広い土地なので、もしかしたら二軒建ててしまうのかもしれない。


本当は、この辺にコンビニでも出来たら、便利なんだけどなー。


分かれ道にある神社が見えてくる。
ポケットに入れておいたメモを取りだし、どの店から回るかを、もう一度検討した。


先に乾物屋を回って、八百屋は一番最後にしよう。
マスターの肩こりの薬は、まだあったっけ。姿勢が悪いのがいけないんだよな、きっと。


つらつらと考えていたら、不意に歌が聞こえてきた。
驚いて顔を上げると、古びた鳥居が目に入る。
人気のない境内に、女の子が一人、けんけんぱとリズミカルに飛び跳ねていた。
少しハスキーな歌声は、彼女のものだろう。


あれは・・・・・・あの後ろ姿は。


よく見ようと足を踏み出したら、じゃりっと石のこすれる音がする。
はっと振り向いた少女の顔に、明らかな恐怖の色が浮かんだ。

「ご、ごめん。あの」

声を掛けた時には、彼女は風のように姿を消してしまう。

「あ・・・・・・あー」

がっかりしたのと、気まずいのとで、僕は、もう一度「ごめんね」と呟いてから、神社を出た。


あの子、確か「猫村いろは」だよな。この辺の子なのかな。


先ほどの歌が、なんとなく耳に残っていて、メロディをでたらめに口ずさむ。


また聞いてみたいな、この歌。あの子のマスターが作ったのかな。

神社に行けば、また会えるかな・・・・・・。



「ただーいまー」
「お帰りー。悪いんだけど、リンスが切れちゃったのよ。買ってきてくれる?」

靴を脱いだ矢先に、メイコに言われた。

「はあ!?だから、ちゃんと見てって言ったのに!!」
「うっさいわね!!さっき気づいたのよ!!いいから買ってきなさい!!」
「おにーちゃん、ミクが行ってこようか?」
「あ、いいよ大丈夫。暗くなったら危ないからね。僕が行ってくるから」
「そうそう。男なんだから、さっさと行ってきなさい」

メイコにしっしと手で追い払われ、仕方なく靴を履きなおした。


途中で、また神社を覗いてみたけれど、影すら見えない。
がっかりしながら、商店街へ向かった。


雑貨屋で詰め替えようのリンス二つと、ついでに歯ブラシと歯磨き粉も買って、家路につく。
途中で、また神社を覗いてみたけれど、やっぱり誰もいなかった。


もう暗くなり始めてるし、家に帰ってるよな。


僕も、マスターが帰ってくる前に戻ろうと、急ぎ足で家に向かう。
街灯のつき始めた道すがら、でたらめなメロディを口ずさみながら。




その後も、何度か神社の前を通り、その度に覗いてみたけれど、一度もいろはの姿を見かけることはなく。
取り壊し中の家もすっかり片づけられて更地になり、コンビニが出来る気配もなく、相変わらずでたらめなメロディを口ずさみながらも、彼女のことを思い出す回数も減ってきた頃。

いつものように買い物を済ませて、帰路についていたら、

「!?」

はっとして、立ち止まる。
あのメロディ、あの声が、風に乗って微かに聞こえてきた。
音を立てないよう、慎重に歩く。
以前と同じように、歌いながらリズミカルに跳ね歩くいろはの背後に回って、

「捕まえた!」
「にゃああああああああああ!?」

肩をつかむと、声を上げて振り向いた。
怯えた目と青ざめた顔に、さすがにやりすぎたかと思う。

「あ、ご、ごめん。驚かせるつもりじゃなくて、あの、ごめんね。えっと、君、一人?マスターは?」

僕が聞くと、いろはは、はっとした顔をした後、おどおどと視線を周囲に走らせて、

「あっ・・・・・・か、買い物」
「買い物?ああ、商店街に行ってるんだ。君は、ここで待ってるの?」
「う、うん。待ってる。待ってるの。あの、マスターが、ここで待ってなさいって」
「そっか」

いろはの態度に引っかかりは感じたけれど、あまり追求するのも礼儀知らずな気がして、僕は頷く。

「あの、いきなり話しかけたりして、びっくりしたよね。実は、以前にも君を見かけて、それで、あの」

いざとなると、急に恥ずかしくなった。
言葉に詰まっていると、いろはがじりじりと下がっていくのに気がつく。

「あの・・・・・・マスターから、『知らない人についてっちゃ駄目』って言われてる・・・・・・から」
「あ、ああ!ち、違うよ!どこかに連れてこうとか、そういうことじゃないから!ちがっ、あの、ほんと違うから!!誤解だから!!」

言えば言うほど、いろはは警戒していくようで、今にも走り出しそうだった。

「あの、あのっ!き、君が好きなんだ!!」

焦りから、とんでもないことを口走ってしまった。
どう聞いても怪しい。誰がどう聞いても怪しい。


あああー・・・・・・やってしまった。


自分で自分の怪しさにがっくりする。
いろはも、明らかに変質者を見る目で、こっちを見ていた。

「あの・・・・・・き、君の歌が、好きなんです。だから、もう一度、聞かせて欲しくて・・・・・・」


・・・・・・もう無理だな。


「嫌だよね、ごめん。変なこと言ってごめんね。忘れてください」

通報される前に退散しようと、いろはに背を向ける。
その時、後ろから躊躇いがちな声がした。

「い、いいよ。聞かせてあげても」
「ほんと!?」

振り向くと、いろははびくっと身構えて、

「・・・・・・変なことしない?」
「し、しない!これ以上近づかない!!約束する!!」

慌てて言うと、明らかにほっとした顔をされる。
そのことに少しへこみながらも、逃げ出されなかっただけましだと、思い直した。

「えっと、さっきの歌でいいの?カイト・・・・・・さん」
「カイトでいいよ。あれって、君のマスターが作った歌?」
「あたしもいろはでいいよ。あれは、ネットにあったのを聞いて覚えただけ。じゃあ、よく聞いてね」

いろははそう言うと、一、二度咳払いしてから歌い出す。
どこか懐かしい曲調に、彼女の少年のような声が、よく合っていた。


ああ、こういうメロディだったんだ。


適当に作っていたことに気恥ずかしさを感じながら、彼女の歌に耳を傾ける。
歌い終わった後、気取って一礼するいろはに拍手したら、

「カイトも、何か歌ってよ」
「ええ?僕はいいよ」
「いいじゃん。あたしが歌ったんだから、次はカイトの番」