【かいねこ】千の祈りと罰当たりの恋
僕も背が高い方だけれど、この人はもっと高い。というか、全体的に大きい。縦にも横にも。
「はーいはい、カイト君が苦しがってるじゃない」
べりっと引き剥がされて、やっと解放された。
声の方を見ると、小柄な女性が立っている。
「ごめんなさいね、この人、加減を知らないから。顔は怖いけれど、悪い人じゃないのよ。顔は怖いけれど」
「そう!見た目はこんなだけど、怖くないから!安心してくれ!」
「あ、はあ・・・・・・」
よれよれになりながら、改めて先輩夫婦を見る。
ああ、うん。そうですね。マスターの知り合いじゃなかったら、全力で土下座してますね。
でも、マスターが「いい人」だと言うのなら、大丈夫なのだろう。多分。
それから、改めてお互いに自己紹介して、最低限の荷物を車に積んでもらうと、マスターとメイコとミクにさよならを告げた。
泣き出しそうなミクをメイコに託し、マスターにもう一度頭を下げ、僕はワゴン車に乗り込む。
窓越しに手を振ると、三人も手を振り返してくれた。
ゆるゆると車が動き出し、徐々に皆の姿も小さくなっていく。
ぼんやりと流れる景色を見送っていたら、車が見慣れた鳥居の前に止まった。
「あの」
運転席に座った奥さんが振り向くと、
「ごめんね、カイト君。ちょっとここに用があって」
「はあ」
「待っててくれ。すぐ戻るから」
そう言って、旦那さんの方が車を降りていく。
きょろきょろと辺りを見回して、何かを探している様子に、何事だろうと窓に張り付いたら、奥さんが苦笑しながら、
「ここにね、別のボカロが捨てられてるって聞いて。あの人が、どうしても連れて帰るって、きかないの」
「え?」
「あの顔じゃ、まず無理だと思うんだけど。やっぱり、放っておけないから。カイト君が嫌じゃなかったら、しばらくうちで預かろうと思ってるんだけど、いい?」
「えっ、あっ」
「まあ、嫌だって言っても、無理矢理置いちゃうけどねー。うちの子になったからには、諦めるしかないわ」
あははと笑う奥さんの言葉を聞き流しながら、僕は扉をあけて外に出た。
「あっ、カイト君!?」
「僕、その子を知ってます!僕が話しますから!」
境内に駆け込むと、旦那さんが驚いた顔で僕を見る。
後ろから追いかけてきた奥さんが、旦那さんに説明している間に、僕は本殿の脇に回って、声を掛けた。
「いろは、あの人達が、僕を引き取ってくれる人だよ。いろはのことを聞いて、連れて帰りたいって。あの、見た目は怖いけど、いい人達だよ。うん、ちょっと、あの、怖いかもしれない、けど。でも、優しい人達だよ。だから」
一旦、言葉を切る。
ずっと言いたくて、言えなくて、やっと言える。
「だから、一緒に帰ろう」
小さな体が飛び出してきて、僕にしがみついた。
震える体を抱き締め、僕はいろはの耳元で囁く。
「もう大丈夫。大丈夫だから。一緒に帰ろう、いろは」
もう二度と一人にしないと、僕はいろはを強く抱き締めた。
終わり
作品名:【かいねこ】千の祈りと罰当たりの恋 作家名:シャオ