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『魔竜院 THE MOVIE』AURA二次創作

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 夜半。現実界の喧騒は静まらない。ヘッドライトの洪水とクラクションの雷鳴が轟き、落つ雨は鴉の傷ついた羽を濡らす。黒衣の男――魔竜院光牙。〈鏡面界〉では白衣の聖騎士として功を挙げ、名を馳せた。鏡面界人は彼を白鳥騎士〈ローエングリン〉と呼んだ。腰まで落ちるかという、真っ直ぐ伸びた美しい銀髪、対照的に映える美しいデルフトの陶器の如き白の装い、長身痩躯に精悍で透徹した美貌、そして幾多の戦いを生き延びた古参兵にも認められるその剣技の腕前。そう、鏡面界での彼は人々の羨望の只中に居た。
 今は――違う。
 白の装いは復讐の黒に染まり、天剣とも謳われた剣技は仇敵を弑《しい》する殺意が、人の血と脂として、彼の象徴であった、高い身長をも上回る長剣に染み込んでいる。彼に与えるべきはもはや〈ローエングリン〉などか弱き二つ名ではない。こう呼ぶべきであろう――復讐鬼〈ガーウェイン〉と。
 そして、今の彼は現実界の者に身を窶している。魔竜院の両親をその手にかけた聖竜神アスタロイ、彼者を屠《ほふ》るという唯一にして無二の目的を果たすためである。既に数多の人々を傷つけた魔竜院には討滅の手が伸ばされ、鏡面界へ戻ることはもはや叶わない。闘い、闘い、殺し合い続けることだけが彼の望みへと至る道だと決め、全ての鎖を断ち切った筈であった。
 しかし、断ち切れぬまま残った鎖がただ一つだけ彼と繋がりを持った。彼が家族として誰よりも愛する妹との鎖。両親を亡くし、二人で生きるしか無かった魔竜院にとっての心の支えであり、ただ一人の血縁。
 病弱な娘である。彼女を鏡面界に残す事は心を斬り裂かれる程の痛みを伴った。それでも彼は信頼出来る者に妹を預け、多額の謝礼を送り続けた。
 だのに、彼女は魔竜院の前に現れてしまった。妹の恋心のように胸を焦がす魔竜院への愛しさが彼女を突き動かしたのではない、知る者も未だ少ない〈洗脳魔術《クラック・マジック》ギルディエム〉の上位魔術《アクセラレイト》――秘法とも呼ばれる――〈精神汚染魔術《ブレイン・ウォッシュ・マジック》ディスペア〉その効力により彼女は己の心を蝕まれ、記憶に鍵をかけ、魔竜院光牙の敵として、現実界に姿を現してしまったのだ。
 再会の喜びなど無い。一目姿を見た喜びを表に出す余裕も無いほどに、彼女は強かった。いや、普段の彼であれば瞬き一つの間に彼女を刃の露にも出来た筈だ。魔竜院家に伝わりし魔剣"七式"ならばそれが可能なのだ。だが、魔竜院は"七式"を放たずに去った。出来る訳が無いのだ。何故ならば、彼もまた誰より妹の事を愛していたから――。
 だからこそ、彼は今悲嘆に暮れ雷雨にその身を晒し街を歩いている。その相貌は平時の凛々しさを湛えていない。深き哀愁を滲ませた弱き男の顔でしかなかった。妹の刃を受け、腹部からの出血は未だ止まらない。治療魔術を使えばすぐに治るというのに、魔竜院はそれをしなかった。妹を残したことで妹をこんな目に遭わせたという深い悔恨が、彼の冷え切った筈の心ごと傷つけた。彼女のつけた傷口はそのまま、魔竜院の哀しみの表象だったのだ。
 魔竜院は愛する妹の刃で刺されながら、焼ける如き臓腑の痛みに耐えながらそれでも彼女を抱きしめた。〈精神汚染魔術ディスペア〉を解く鍵を探したのだ。
 その時の彼は愛の力というものを本気で信じていたのかも知れない。皮肉な物語だった。両親を殺され、妹の愛を異世界へ置き去りにし、全てを捨てたと信じた者が、未だ此れほどまでに愛という無形の信仰を、その奇跡を信じずには居られなかったという事を―――
<魔竜院伝承 断章より抜粋>