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『にんげんさんの、ゆりいか』人類は衰退しました二次創作

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揺り椅子の上、流れる穏やかなひととき、おじいさんがほの暗い楽しみにいそしんでいます。
 銃身を丹念に磨き、銃把の感触を確認、スコープ越しに覗く世界にはきっと見えない獲物がいることでしょう。
 老い先短いおじいさんのことです、きっと他の生き物を狩ることで生を超克しようなどという年寄りの冷や水なのでしょうが。
わたしの視線に気づいたのか、おじいさんはこちらを向き口を開きます。
「何か失礼なことを考えてなかったか?」
「節操もございません」
 至極冷静に否定してみせます。
「おまえのその多角的に隙だらけな内面には、はやく対処しておいた方がいいだろうな」
「それこそ失礼な発言だと思いますけれども?」
「アドバイスだ」
 さいですか。
 興味が逸したように、再びおじいさんはライフルとツーショットの世界に入ります。祖父の趣味はほとんどガンスミスの領域に達しているため、点検も実に集中した手際の良さ。
 ……でも、仕事中に銃をちょくちょく構えるのはどうかと思いますが。
 おじいさんは銃を構えると遊底を操作し、コッキング。弾は入ってないから安心しろとは祖父の弁ですが、馴れた動きでトリガーに手をかける様は、そこはかとないデンジャー臭がします。そうでなくとも形式上は仕事中なので、おじいさんには自重を主張したいところです。
 そんな、硝煙の薫り高い時間が流れる中、事務所の扉をノックする音が響きます。
「来客か」
 扉の方を向くおじいさん。もちろん、銃口も追従します。
「珍しいですね」
 わたしはちらりと助手さんにアイコンタクトをします。
「…………」
 優しい笑みを返されました。
 そして二度目のノック。しかし、誰も動こうとしません。
「うぅ……めんどくさい」
 わたしは立ち上がり、扉の方へと足を進めます。深窓の令嬢を自負するわたしの折衝パラメータはいささか低めに振られているのですが、同時に下っ端でもあるためこういった雑務もこなさねばなりません。
『下っ端令嬢、深窓』現在のジョブを文字にすると、窓際族的な残念さが漂います。
「……いや」
 そう言えば調停官でもありました。ホモ・サピエンス種が衰退した現在でも残る数少ない知的ジョブ。
 三度目のノック。呆けているわけにもいきません。
 扉の覗き窓から、お客様の姿を確認……
「きちゃった」
 しようとすると、そこにはメガネをかけた元学友のYが立っていました。
 かちゃり。穏やかな気持ちで私は扉に鍵をかけます。
「平和ですね」
 助手さんたちの方へ向き直り、
「それで、さっきのノックはなんだったんだ?」
「遠き日の幻影です」
 直後、ガチャガチャとドアノブを何度も回す音。
「あーもう! あんた、もうちょっと大人の対応とんなよ」
「ドアを力いっぱい叩いてるYの対応もどうかと思いますけどね」
「いいからはよ開けなって。仕事に関する話だ」
「やれやれ……」
 少しばかり建て付けの悪くなった扉を開き、Yを中に招き入れます。
「で、今回はどうしたんですか? 手短に済ませてください」
 秘密を共有する女性二人といえば甘美な響きですが、実情は弱点の握り合いというリスキーな関係です。
「できれば、早急にお帰りいただきたい。そんな――」
「本音はモノローグで喋って欲しいんだけど」
 失礼。
「で、今回はどうしたんですか? 手短に済ませてください」
「まあいいけど……」
「ああ、彼女はY女史だったか?」
 銃口を向けたまま、おじいさんが問いかけます。
「そうです。学舎時代の学友です」
 つまりは人参が苦手な者のひとりということです。
「あ、紹介します、Y。この干からびた人は《国連調停理事会》に所属するうちの祖父です」
「まあ一度挨拶は済ませているが、改めて不肖の孫娘をよろしく頼む」
「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
 登場時からずっとターゲットロックオンさられているせいか、落ち着かない様子のY。
「大丈夫ですよ。あの銃に弾は入ってないそうなので」
「そうか」
 おじいさんはYを安心させるためでしょうか、ついと銃の引き金を引いてみました。
すると……
「ばんばかばーん」
 ……銃口から妖精さんが現れたのでした。
「用件に移るけど」
 何事もなかったような様子のY。学舎時代の彼女に妖精さんとの面識は殆どなかったと思いますが。
「驚かないんですね?」
「ああ、今回の用件もこの新人類にまつわることだからな――」

「まあ、そうじゃなきゃここまで来ませんよね。あ、適当に座っていいですよ」
 事務所唯一の応接ゾーンにYを連れます。壁一枚で仕切られたインスタント感漂うスペース。
「ランプが邪魔なんだけど……」
「どければいいのです」
 祖父の弁をそのままYに適用します。とはいえ彼女も客人なので、なんとかわたしが自力でランプを排除しました。結構重いんですよ、これ。
 ソファーに座ったYに、紅茶でもてなします。
「はい、どうぞ」
 机に置かれる冷えたダージリン。
「よっぽど早く帰ってもらいたいのか。あんたの人嫌い、まだ治ってないの?」
 邪気があるのかないのか、グサりと来る一言。……小粋なジョークのつもりだったのですが。
「じょ、冗談ですよ……冷たい方はわたしの飲みかけです」
 新しく淹れた方のティーカップを、Yの前に差し出します。ほのりとたちのぼる湯気からは、茶葉のひらくいい香り。
「それで今回の件なんだけど、あんたはヒト・モニュメント計画についてそれなりに知ってるよね?」
「ええ、以前の都市遺跡発掘にも参加しましたし」
《ヒト・モニュメント計画》――旧人類の全知集合、あるいは遍くヒト文明の総括。
「まあ、その辺の話はちょっと耳に挟んだけど、あんたの髪の毛よく伸びたね」
「その件についてはしばらく触れないでおいてあげてください……」
「やっぱり、それ関連?」
 Yはその辺で氷砂糖とのラブアフェアを楽しんでいる妖精さんたちを指さします。いつの間にやら彼らの個体数は増え、三名様になっておりました。
「しゅがーうまし」「さとうりょうこう」「じょーほーたいのかんしょうは、ぷろてくとをもたないげんしょーかいじんにはふせぐことはできぬときく」
 彼らも楽しんでいる様子で、調停官としての職務は問題ありません。
「端的に言えばそーですね」
「やっぱり、聞き及んではいたけれど妖精の知性とか科学力って半端じゃないのな」
 感心するようにY。それにいつも振り回されるバディとしては、リアクションが取りづらいですけれど。
「とにかく、まあ、今回の件もそんなところ。実は電磁波が届かない都市遺跡に紛れ込んだ妖精たちが色々、こう、なんていうかな……アレしてるんだ……」
 言いたいことはよくわかります。
「高い確率で言語化不可能ですもんね。アレ」
「あれとはなんぞ?」「それたべられるです?」
 妖精さんたちが反応します。
「あなたたちのことですよ。妖精さん」
 砂糖をひとかけ奉納しながら、妖精さんに声をかけます。
「ぼくらおいしくたべられるです?」「おのぞみとあらばこのみさしだし」「ほしょくされるのもやぶさかではないです」「しょくもつれんさをしたからささえるしだい」
 モジモジしながら話かけてきます。