埴生の宿
だが、従者と称するには剣の腕は一般兵程度、薬師と言うほどの知識も経験も積んでいない。
それを受けることは、躊躇われた。
口を開いたのは、老学者だった。
「行きなさい。ここでおまえに教えられることはもうない」
「お師さま、しかし、私はまだ未熟で……!」
だが、老学者は首を横に振った。
「知識…修学というものは、書物だけでは不十分だ。与えられるものだけではなく、探求することがまた重要なのだよ、ヤシュカ。ヘクトル殿下とともに、世界を見てきなさい。ここで培った知識を役立ててくることが、おまえの……そうだな、卒業の課題だ。そういうことにしよう」
普段は厳しい老学者が目を細め、表情を緩めた。
「人と関わりなさい、多くの人と会いなさい、ヤシュカ。医療というのはただ症状に合わせた薬草を煎じたり、骨を接いだりすることだけはない。医療はあくまで、ひとが本来持っている回復の力をほんのすこし、手助けする手段に過ぎぬ。助けを求める者がいたら、何故その助けが必要なのか、どうしたら最大限その人の助けとなれるのか、まずはそこを考えるところから始まる。おまえがこれから伸びて行くのにあたって、一番必要な部分はそこにある。私にはそう感じられるのだよ。……ヤン・ヤシュカ=コール」
預けた名前が、ここに居る間使うことの無かった苗字が紡がれた。
師匠の言葉をひとことひとこと噛みしめ、コールはゆっくりと頷いた。
ヘクトルに向き直り、ひざまづいて礼の姿勢をとる。
「未熟者ではございますが、誠心誠意お仕えさせていただきます!」
この身が続く限り一生、この方に仕えていこう。そう決意した瞬間だった。