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暗闇の中の真実

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足が地につかず、常に浮いている様な感覚だった。
 否、浮くというよりも、ぐにゃぐにゃと弾力のあるゼリーの上に居る様な、そんな妙な感触が己の足下にはあった。
 水の上を歩いたらこんな感じなのだろうかと、どこか冷めた頭でそんな感想を漏らしながら王泥喜は、たぷたぷと擬音が付きそうな地面を幾度か蹴り上げた。
 それにも飽きて、周りを見渡そうと顔を上げたその刹那、急速に意識が浮上していく。
 強制的に叩き起こされたかの様な鈍い痛みと、強力な引力に引き寄せられる様にぐんと上へと引き上げられる覚えのある感覚に思わず眉間に皺を寄せ―――目を開いた先は、光一つ無い暗闇だった。


 何も見えないというのはこういう事なのか、と王泥喜は感嘆にも似た少し新鮮な驚愕と共にそれを受け入れた。些か冷めた態ではある。然し王泥喜は茫洋とした思考であっても、素直にそれを受け入れた。まだ実感が湧かない所為もあるのかもしれない。
 突如として訪れた我が身の不幸に、医者は一時的なものだと言った。そして精神的なものだとも。
 確かにこれまでの出来事を振り返ると、思い当たる節が無きにしも非ずといったところだが、だからといってこうなるほど病んでいたかといえば、答えは否である。悩みが無い程お気楽な性格はしてはいないが、それでもそれを何時までも引き摺る程ねちっこくはない、と王泥喜自身はそう自負している。
 然しそうなると矛盾が生じる。原因が全く分からないのだ。医師が一過性の精神的なもの、と断言する位なのだから何かしらあってよさそうなものなのに、さっぱりその原因とやらが思い付かない。
 あの藪医者め。そう毒づく事は簡単だが、だがその医師の診断を信じるならば、一時的なものであるらしいこの状態はそれほど長くは続かないらしい。ならばそう騒ぐことはあるまい。王泥喜はそう結論付けた。あくまで、その「藪医者」の言う事を信じるのならば、なのだが。
 そんな王泥喜だが唯一残念だと思ったのが、彼の顔が見れない事であった。
 声音からどんな表情をしているのか察する事は出来たが、本当にそれであっているかどうかは分からない。外れているという事はそう無いにしても――少なくともそう思う程度には付き合いがある――それを見ることが適わないのは残念だった。
 けれどもそれも暫くの間だけだ、と王泥喜は楽観的かつ客観的にそう思い直し、それからその医者が「藪医者」だと己が判断した事に気が付いた。そうなるとむくむくと奥底に眠っていた疑問が頭を擡げる。
 本当にこれは一時的なものなのだろうか。暫くというけれども、一体どの位の期間なのだろうか。そもそも本当に戻るのだろうか。若し戻らなかったら―――。
 一度沸いた疑念は留まる事知らず、王泥喜を苛んだ。何より王泥喜を苦しめたのは、このままだと記憶すら薄れ、最後にはその顔すら思い出さないかもしれないといった事態になる事だった。王泥喜はそれが心底恐ろしかった。
 ―――此処に至って漸く、見えない恐怖というものを王泥喜は知ったのだ。
 愕然とした。足元が掬われ、永遠に続く底の見えない奈落に叩き落とされた気分を嫌という程味わう。
 そうして震えた唇が無意識に呟いた言の葉は、彼の人の名前だった。


 件の藪医者の診断から一週間が経ち、その渦中の人物である王泥喜の状態といえば、相変わらずであった。一つだけ違う事といったら、急に目の見えなくなった王泥喜を酷く心配した成歩堂とみぬきが、目の見える様になるまでと彼を我が家へと招いた事だった。
 この申し出は王泥喜にとっても有難かった。如何せん行き成り盲目になってしまったのだ。一人で生活出来るとは到底思えなかった。
 だから王泥喜は素直にその好意を受け取り、暫くは成歩堂の家で彼らと寝食を共にする事にした。みぬきが密かに「オドロキさん、いっそのことずっと此処に住めばいいのに」とぼやいていたことは、この際聞かなかった事にしたい。聞き間違いだと思いたいし、それが彼女の父親に幸いにも聞こえてなかった事にひたすら感謝だ。聞こえたが最後、彼らは異常かつ絶妙なコンビネーションプレイを持って、王泥喜を陥落しにかかるだろう。それだけは避けたかった。―――色々な意味で、だ。
 それはさておき、一週間も経てば家の中であれば酷く危なっかしいとはいえ、それなりに一人で移動する事も出来る様になった。慣れとはよく言ったものだと、複雑な心境で己の現状を見やる。溜息すら出てこなかった。
 そうしてまた夜が訪れ、みぬきがそうっと王泥喜の頬を両手で包んで、就寝の挨拶を告げる。ここ一週間で習慣になってしまったものだ。
 最初の内こそ幼い彼女にこんなにも気を遣われているのかとヘコんだものの、これが案外バカに出来ない。漣の立った荒くれた神経を、小さな温度が緩やかに宥めてくれる。彼女は凄いと、改めて思う。
 然しこれをやり始めたのは実は彼女の父親である成歩堂なのだから、王泥喜としては内心とても複雑であった。彼の前ではどうしても見栄を張ってしまうのは、最早仕方の無い事だ。
 みぬきがおやすみを言った数十分後に、その問題の人物である成歩堂が王泥喜におやすみを言いに――基、部屋へと連れていく。
 この家には元よりみぬきと成歩堂の二部屋しか私室がない。そこに王泥喜が割って入ったのだから、部屋は勿論、ベッドも無かった。
 居座る身なのだから雑魚寝で良いと言い張る王泥喜に、対して成歩堂はそれを頑として許さなかった。王泥喜に非は無く、そして彼は押しにとても弱かった。要するに―――負けたのだ。


作品名:暗闇の中の真実 作家名:真赭