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暴く者と暴かれる者

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「そうですよ!みぬきちゃんが言ってました。今も昔も、成歩堂さんの知り合いは美人な女性が多いって。そっちこそ、どうなんですか!」
「…うーん、どうって言われてもなあ。彼女達は数に入らないと思うんだけど…。それにそういう関係じゃないどころか、向こうも僕をそういう対象としては欠片も見てないと思うけど」

 顎に手をやりそう嘯く成歩堂を、王泥喜は憎々しげに見詰めた。本来ならば逆転宜しく、此処で更に追求すべきである。――それが、どうだ。胃の腑がせり上がる様な感覚に、目の前が赤く明滅する。ヤバイ、と思った。これ以上は奥底に押しやり、ひた隠しにしてきた何かが自分の意思とは関係なく無遠慮に暴かれ、曝け出されてしまう様な気がする。
 王泥喜はだからその野性じみた感に従順に従い話を終わらせようと口を開き――残念ながら被さる様に放たれた言の葉に、その目論見は無残にも失敗に終わってしまった。

「それは一先ず置いといて。オドロキくんはどうなの?その位の歳だったら、やっぱり取り敢えず付き合ってみようって思うのが普通だと思うんだけど」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
「うーん。キミ、結構頑固だよね。じゃあ仕方ない。はっきり言うよ。僕は彼女達をそういう風には見れない。見ない。絶対にね。何せ彼女達は、僕の元助手だったり元依頼人だったり、そんな関係だからね。大事かと言われれば大事だし、大切でもある。――その中には、護りたいと、護らなきゃとも思ってる人も居るけど…でもそれが決してイコールとは限らない。―――どうだい?」
「分かる様な分からない様な…。でも、無い、という事で良いんですよね?」
「うん、流石はオドロキくんだ。飲み込みが早くて助かるよ。じゃ、次はキミの番だね」

 さあどうぞと促されても答えなぞ持ち合わせていないのだから、返答に窮する。王泥喜は困惑した表情で成歩堂を窺い見たが、決して逃してくれそうな雰囲気ではなかった。

「何というか…成歩堂さんと同じ、です。多分。そういう風に見れないっていうか…」
「でもキス、してたよね?」
「ッ?!」

 見られていたのか、と思った瞬間、一気に血が沸騰し逆流する様な錯覚に陥る。

「あ、れはっ、彼女が…。俺は別に…」

 しどろもどろしつつそう答えると、ふうんと面白くなさそうな応えが返る。それに俄かに腹が立った王泥喜は、その激情のまま成歩堂を睨み付け――そのまま固まった。成歩堂は王泥喜の眼前まで迫っていた。テーブルに行儀悪く片足を乗せ、全てを見透かす眸でこちらを見ている。
 そうしてゆるりと首を傾げた。彼は良くこの動作をする。そうして上目でこちらをじいと見詰められ―――あの日の光景が、フラッシュバックする。
 似ても似つかないその行動に、然し王泥喜は鈍器で強かに殴られたかの様な衝撃を受けた。言葉が告げられず、妙に浅く短くなった呼吸に、至近距離に居る成歩堂の緩やかな呼吸と重なる。身動きが取れない。視線を外す事すら叶わない。
 目の前にある形の良い、薄い唇がゆるりと開いて――垣間見える赤い舌が艶かしい――低く甘く言の葉を告げる。

「――なら、僕としてみるかい?キス」

 甘美な誘惑に流されそうになる。流されたいと思っている自分がいる。大きな掌がやんわりと頬を包み、少しかさついた指が掠める様に唇を撫であげる。――彼女が――成歩堂が、自分に――…。
 徐々に近付いてくる唇に、王泥喜はありったけの理性を掻き集めて叫んだ。

「ちょ、ストップ!ストップ成歩堂さん!!待った!!」
「…っ、なんだい急に。この距離で叫ぶなんて、僕の鼓膜を破る気かい?」
「えっ、わわ、済みません!…って、そうじゃなくて!冗談にも限度ってモンがあります!俺で遊ぶのは止めて下さい!」
「何だ、残念」
「何ですか、その言い草は!」

 興味を失ったのか、アッサリと身を引く成歩堂に苛立ちと寂しさを感じる。矛盾した感情だ。王泥喜は唇を噛み締めた。成歩堂はそんな王泥喜には構いもせず、今しがた起こった事が嘘の様にゆったりとした動作で入口へと向かう。
 出掛けてくるよ、という一言に、ゆるりと首を向けると、真摯な眼差しとかち合った。心臓が跳ね上がる。こんないろの眼をした彼を見た事がない。

「僕はね、結構本気で残念だって言ったんだけどね」

 じゃあ序でにこれも買ってきてよ、というような気軽さで、それは発せられた。無意識に左腕を掴む。腕輪は反応を示さない。真意を掴もうと喉を震わせるも言葉は出ず、そうしている間に成歩堂はそのまま背を向けて何処かへと行ってしまった。
 思い出すのは、薄く開かれた、血色の好い唇。彼女とは似ている様で似つかないそれに、自分は激しく動揺した。目が離せなかった。寧ろやわらかそうだとすら思った。
 あの時誘いを断らなければ、それを確かめられただろうか。

「…どうかしてる」

 呟いた言の葉は思いの外頼りの無いもので、王泥喜は無性に泣きたくなった。
 出来れば気付きたくなかった。気付かないままでいたかった。それでも気付いてしまったからには後には戻れない。
 王泥喜は掻き乱すだけ乱して無責任にもこの場を出て行った男の背を追う様に扉に目を向けると、一つ深い溜息を吐いた。




end.
作品名:暴く者と暴かれる者 作家名:真赭