恋文
それは何気ない思い付きだった。思い付き以前に寧ろ日常茶飯事であり、そして大人であり社会人である自分にとっては、ごくごく当たり前の行動でしかなかった。
然しそれが相手の琴線に触れたらしく、こうして密かに、思い出した様にひょっこりと現れる。
若しかしたら単なる気まぐれであり、そして単純に彼の悪戯心に引っ掛かるものがあっただけかもしれない行為だったが、それでも嬉しいものだった。
仄かに火を灯す埋み火の様に、それはじんわりと心に熱を齎す。
ゆるやかに上がった口角を隠す様に、王泥喜はそっと掌で自身の口元を覆った。
「あれ?今日パパは居ないんですか?」
帰宅早々、居る筈の人物が居ない事に、みぬきは不満気に声をあげた。
出掛ける予定は聞いてなかったと、どこか拗ねた様に告げる少女に、王泥喜は苦笑を湛えてそれを宥める。
「今日は急に予定が入ったみたいだよ。夜はご飯要らないってさ」
「電話でもあったんですか?珍しい」
驚き目を丸くするみぬきに、然しそれは仕方がないとも思う。彼は急に入った用事に関しては、何一つ告げずに出る事の方が多いからだ。
「いや、電話じゃなくて…」
「じゃあメールですか?!それこそ天変地異の前触れですよ、オドロキさん!!」
「…天変地異って、パパに向かって、そこまで言うかな…」
「パパは機械音痴ですからね。メールなんて早々やらないんですよ」
半ば呆れてフォローをいれるも、ばっさりと切り捨てられる。けれど思い返せば確かに、彼からメールを貰った事は殆どない。王泥喜自身、用件はメールよりも電話で済ます方だからか、気にもしなかった。
思考に耽っている王泥喜を引き戻すかの様に、みぬきが言葉を重ねる。然しそれは少しばかり、答え難い部類の質問だった。
「それじゃあオドロキさんは、一体どうやってパパと連絡とったんですか?」
「え?ええっ?!……ええと、その、」
「…ハッキリしませんね。何を隠してるんですか」
「べっ別に隠してる訳じゃ…。その、書き置きがあったんだよ、そこに」
「書き置き?それこそ天変地異の前触れじゃないですか!パパも意外と人並みに律義なところがあったんですね」
感心した様に頷くみぬきに父親に対して酷い言い様だと思いながらも、少しばかり残念だと感じる自分がいる。これはたった今まで、たった数十秒前までは自分と、そして彼だけが知るやりとりだったのだ。
確かにそれは秘密という程のものではなかったが、それでも今まで口外しなかったのは、多少なりとも王泥喜自身にそういう気持ちがあったからかもしれない。
彼と自分が唯一共有出来る何か―――。
それが多分、この一言だけ書かれた書き置きだったのだろう。
然しそれが相手の琴線に触れたらしく、こうして密かに、思い出した様にひょっこりと現れる。
若しかしたら単なる気まぐれであり、そして単純に彼の悪戯心に引っ掛かるものがあっただけかもしれない行為だったが、それでも嬉しいものだった。
仄かに火を灯す埋み火の様に、それはじんわりと心に熱を齎す。
ゆるやかに上がった口角を隠す様に、王泥喜はそっと掌で自身の口元を覆った。
「あれ?今日パパは居ないんですか?」
帰宅早々、居る筈の人物が居ない事に、みぬきは不満気に声をあげた。
出掛ける予定は聞いてなかったと、どこか拗ねた様に告げる少女に、王泥喜は苦笑を湛えてそれを宥める。
「今日は急に予定が入ったみたいだよ。夜はご飯要らないってさ」
「電話でもあったんですか?珍しい」
驚き目を丸くするみぬきに、然しそれは仕方がないとも思う。彼は急に入った用事に関しては、何一つ告げずに出る事の方が多いからだ。
「いや、電話じゃなくて…」
「じゃあメールですか?!それこそ天変地異の前触れですよ、オドロキさん!!」
「…天変地異って、パパに向かって、そこまで言うかな…」
「パパは機械音痴ですからね。メールなんて早々やらないんですよ」
半ば呆れてフォローをいれるも、ばっさりと切り捨てられる。けれど思い返せば確かに、彼からメールを貰った事は殆どない。王泥喜自身、用件はメールよりも電話で済ます方だからか、気にもしなかった。
思考に耽っている王泥喜を引き戻すかの様に、みぬきが言葉を重ねる。然しそれは少しばかり、答え難い部類の質問だった。
「それじゃあオドロキさんは、一体どうやってパパと連絡とったんですか?」
「え?ええっ?!……ええと、その、」
「…ハッキリしませんね。何を隠してるんですか」
「べっ別に隠してる訳じゃ…。その、書き置きがあったんだよ、そこに」
「書き置き?それこそ天変地異の前触れじゃないですか!パパも意外と人並みに律義なところがあったんですね」
感心した様に頷くみぬきに父親に対して酷い言い様だと思いながらも、少しばかり残念だと感じる自分がいる。これはたった今まで、たった数十秒前までは自分と、そして彼だけが知るやりとりだったのだ。
確かにそれは秘密という程のものではなかったが、それでも今まで口外しなかったのは、多少なりとも王泥喜自身にそういう気持ちがあったからかもしれない。
彼と自分が唯一共有出来る何か―――。
それが多分、この一言だけ書かれた書き置きだったのだろう。