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恋文

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 その始まりは実に些細な事だった。その日ここには王泥喜以外は誰一人としておらず、そして夕食の買い出しという何とも残念な理由で事務所を空けなければならなかった。
 本来ならば仕事を終えてから買い物に出るものなのだが、この成歩堂なんでも事務所の切迫した経済状況ではそうも言っていられない。夕方あるセールを逃せば何とも侘しい食卓が、下手をすれば食事抜きという実に過酷な現実が待っているからだ。
 自分はそれでも良い。彼―――成歩堂もきっとそうだろう。だがみぬきだけは違う。
 彼女はきっと、一食二食抜いた位では文句など言わないだろう。然し年頃の、成長期真っ只中である彼女には、少しでも栄養のある、身になるものを食べさせてあげたい。
 ほんの僅かな葛藤の末、王泥喜はそれから毎日この時間は事務所を空ける事となったが、問題はその間の留守番である。
 誰かが居る時は良いが、自分一人の時に客とすれ違いでもしたものならば、悔やんでも悔やみきれない。何より生活も掛かっている。
 そこで王泥喜が考えたのが、置き手紙であった。
 要らない書類を引っ張り出して、その裏に出掛けてくる旨を伝える。これで成歩堂やみぬきが帰って来ても、そして依頼人がその時間帯にやって来ても問題はない。
 それを律義にも事務所を空ける度にやっていたのだが、いつしか返事とも云えない返事が返って来る様になった。
 おかえり、ご苦労様。今日は炒飯がいいな。ちょっと出掛けて来るよ。みぬきの迎えは宜しく。
 他愛もない、本当に用件だけ記されたソレに、然しどこか浮足立つ様な奇妙な心地を覚えた。
 チラシの裏にさらりと一筆残された文字を、何度も読み返し、手でなぞる。それを捨てるでもなく、密かに持ち帰り大事にとってあるのは、王泥喜が知られたくない秘密の一つでもあった。
 その日常と化しつつあるありふれた些細な事柄を、みぬきに告げなかったのは単純に必要性を感じなかった所為である。そして今この場に於いてそれを躊躇ったのは、偏に知られたくなかった気持ちがあったからだ。
 相反する気持ちを整理する余裕もないまま暴露された事実は、消化する暇さえなく一気に灰へと代わり零れ落ちて行く。
 成歩堂にとってはそうでなくとも、自分にとってそれは秘密であった。そう、あれは確かに、「秘密の手紙」だったのだ。
 王泥喜は一つ深い溜息を零してそれを遣り過ごし、みぬきへと視線を向けた。

「そういう訳だから、ちゃっちゃと二人で食べちゃおう。今日は肉が安かったからね。ちょっと贅沢してみたよ」
「わあ!久々のお肉!!ちょっと待ってて下さいね。みぬき、手伝います!」

 嬉しそうに自室へ駆けて行く少女をあたたかな目で見送り、キッチンの方へと足を向ける。この場に彼が居なくて良かったと心底思った。
 然しその気持ちを見越したかの様な絶妙なタイミングで、みぬきがひょっこりと自室のドアから顔を覗かせた。

「オドロキさんとパパが手紙のやりとりをしてるだなんて、初めて知りました。パパったら、一人占めにしてたんですね。みぬき、ちっとも気付きませんでしたよ」

 言葉だけ捉えると若干の嫌みを含んでいそうな台詞も、けれど声音は酷く穏やかだった。悪戯っこの様な笑みを浮かべ再度部屋へと戻った少女を、王泥喜はぼんやりとただ見送る。
 脳裏を過るのは先程の彼女の言葉だ。それが事実ならば、否、彼女は嘘は言わない。ならば彼も自分と同じ様に、そう思っていてくれたのだろうか。
 疑心と期待が膨れ上がり、どうしようもなく持て余す。
 丁寧に折り畳んでポケットへとしまわれた紙きれを、布地の上からポンと軽く叩いて、王泥喜は再度想いを遣り過ごす様に溜息を吐いた。


end.
作品名:恋文 作家名:真赭