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埋み火

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※ラメントパロです。
 苦手な方はご注意下さいませ。









 土を踏み、草を掻き分ける。
 陽の月は燦々と降り注ぎ、風は穏やかに素肌を擽る。今この場で寝転んだのなら、さぞかし気持ちが良い事だろう。走りながら、オドロキは頭の隅で思う。
 そうやってほんの少し、気を抜いたその刹那、鈍色に光るものが突如突き出てオドロキの頬を掠めた。

「ッ……!」

 然し傷一つ負わなかったのは、咄嗟に避けた反射神経と、それを行った相手が加減をしたからだ。
 オドロキは剣を握り直し、低く唸る。

「…こんな時に考え事?随分余裕だね」

 トントンと剣の柄で己の肩を叩きながら、目の前の男はゆるりと首を傾ける。
 やんわりと眸は細められ、唇は弧に描いているというのに、オドロキはぞわりと全身の毛が逆立つ様な気さえした。無意識に警戒の態勢をとる。
 笑っているのに笑っていない。隙だらけなのに隙がない。
 歯がかちかちと音を立てて鳴りそうなくらい、ぞっと背から悪寒が這い上がり、今にも手は震えて剣を落としそうになる。
 圧倒され、畏怖し、まるで何かの術を掛けられたかの様にその場から動けなくなる。
 男はそんな、覇気を持っていた。

「……どうやったらアナタを倒せるか、それを考えてたんですよ」

 緊張で浅くなった呼吸を極力悟られないよう努めてそう告げると、男はそれは楽しみだとにこりと笑った。
 全く相手にされていないのが丸分かりなその態に、オドロキは唸り、歯噛みした。
 確かに実力の差は凄まじい。彼は賛牙の素質を持っていながら、然し並居る屈強な戦士よりも余程強かった。まだ闘牙として目覚めたばかりの自分など、赤子同然なのだろう。
 悔しさに唇を噛み締め、目の前に立つ男を睨む。耳を伏せ、尾を逆立て、契機を狙い――地を蹴った。
 耳障りな金属音と共にそれはあっさりと受け止められ、然し押し退けられた反動を使って更に切り込む。
 甲高い音が幾つも響き、擦れあった場所から小さな火花が散る。己の荒い息が耳に遠く響き、流れ出た汗は顎先へと伝い、重力に従ってぽたりと落ちた。
 それを機に、渾身の力を込めて一気に剣を振り落とす。受け止められる事は既に想定内である。だからオドロキはそこから更に力を加え、相手に圧し掛かる様に体重を掛けた。
 刃が擦れる音が耳に響き、然しその目が捉えたのはゆるりと笑んだ唇だった。

「ッ……うわっ!」

 怯んだその一瞬を男が見逃すはずはなく、僅かな隙を己への好機へと変えて反撃される。蹈鞴を踏んだオドロキに体勢を整える暇さえ与えず、男はオドロキの剣を叩き落とした。
 そのまま重力に従いドサリと地に倒れるオドロキを見て、男は静かに口を開く。

「今日はもうお終いね」
「…まだやれます」
「お終い。僕がそう言うんだから、今日はもうだめ」
「…じゃあ、今度はいつ、稽古をつけてくれますか」
「…ま、そのうちね」

 その言葉に、オドロキは不服そうに眉を顰めた。まだ呼吸が困難な状態だったが、喉奥ではそれを表わす様に唸り声を上げている。

「…俺は早く強くなりたい」

 男は強かった。つがいなど必要ないほどに。
 更に男は賛牙としての能力も持っていた。その腕っ節だけで大抵の事は解決出来る所為か、彼が歌う事は本当に稀だが、それでも自身の体験と、それから周りの評判から彼が一流の賛牙である事は窺い知れる。
 彼は引く手数多であった。
 自分などを気に留める前も、そして己をつがいにと決めた後も。
 未だにその手が止まない事を、オドロキは知っている。男が幾ら隠そうとも、オドロキは男の事ならなんでも分かるのだ。
 ―――だからこそ、の焦り。

作品名:埋み火 作家名:真赭