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成王ログ

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・22歳→15歳の王泥喜トリップ話。
・15歳王泥喜君は26歳成歩堂君のファンという吃驚設定。

以上を踏まえた上で、お読み下さいませ。








 開け放った窓辺から差し込む茜色の日差しに、今が夕暮れなのだと気付く。
 掃除機をかけていた手を一旦止めて、王泥喜はこの家で一番日当たりの良い部屋へと向かった。
 窓の外側、申し訳程度に置かれた物干し竿に手を伸ばし、掛けられた洗濯物の乾き具合を確かめる。よし、と誰に云うでもなく頷いたその直後、下校中であろう子供たちの笑い声が聞こえて、思わずゆるりと頬が緩んだ。
 実に平穏で、すべてが緩やかに過ぎ去っていく。王泥喜はぶるりと震えた。
 もう此処へ来てひと月が経とうとしていた。






「おかえり…ってその大量の荷物は何」

 ガチャリと扉が開く音がして振り返ると、そこには己とそっくりな、そして今の自分よりも若い風貌の少年が、両手に大量の荷物を抱えて立っていた。

「何って…明日の朝までの食材に、それから貸してたDVD、アイツ一気に返すモンだから持ち帰るのが大変で…ってああ、悪ィ、ありがと。ええっとそれから普通にカバンだろ、で、コレ」

 荷物を持つのを手伝ってやりつつ問うと、目の前の少年は得意げに一つの雑誌を掲げた。良く見れば似た様な種類のものを他にも幾つか手に持っている。
 それを見て王泥喜は心底呆れ果てた。知ってはいたが、実際にその場面に直面すると、如何ともしがたい気持ちに襲われる。

「ホラ、成歩堂さん!これは少ししか載ってないけど、こっちのは特集組んであるんだぜ。やっぱ格好良いよなー」

 常日頃の生意気な態度は影を潜め、生き生きとした表情で彼は王泥喜に話しかけてくる。然し王泥喜の返答は全く期待してない様で、雑誌を捲っては凄いだの流石だのといった賞賛をしきりに一人呟いている。
 王泥喜は頭を抱えたくなった。
 昔の自分は本当にこうだっただろうか。そんな疑問すら過ぎる。
 確かにこの時期の自分は彼に、弁護士・成歩堂龍一に憧れていた。異常なまでの憧憬を抱いていたのも事実であった。
 だから余計にこの光景が痛々しく映る。当時の自分は、ここまで酷くなかったと―――思いたい。
 はあ、と一つ重い溜息を吐いて、王泥喜は少年――昔の自分を眺めた。

「…そんなに良いかな、成歩堂さんは」

 思わずぽつりと呟いた言葉に、彼は瞬時に反応した。信じられないという表情をありありと顔全体で表わして、彼は王泥喜を見ていた。

「成歩堂さんの何処がダメなんだよ。側に居るってのに、贅沢なヤツだな」
「悪かったな、贅沢で。でも近くに居るから、っていうのもあるだろ」
「ああ、ナルホド。理想と現実は、ってやつ?でもそれでもあの成歩堂さんだろ?何が不満なんだか」

 やっぱり贅沢なヤツだな。
 そうぼやく目の前の少年に、なら「あの」成歩堂さんに直接会ってみろよと言ってやりたくなったが、然しその余りの莫迦らしさに直ぐに口を噤む。
 彼には自分の世界の――7年後の成歩堂が、既に弁護士を辞めているという事実を告げていない。然しだからとはいえ、並々ならぬ理想と憧れは、こうも人を見抜く目を曇らせるものだろうのか。王泥喜は再度溜息を吐く。
 確かにこの頃の成歩堂は格好良い。何せ弁護士資格を剥奪される前だ。
 然し、だ。現実として、今の王泥喜が知る成歩堂といえば無精髭を生やし常に飄々としていて掴み所がなく、とてもではないが元弁護士とは思いもつかぬ態なのだ。おまけに娘に養って貰っているというロクデナシっぷりも発揮している。
 そんな姿を知っているからこその感想なのだが、多分今の彼には何を言っても無駄なのだろう。
 もやもやとした気分を取り払う様に、王泥喜は彼が熱心に読んでいる雑誌を横から覗き込んだ。
 青いスーツに身を包んだ成歩堂は、確かに凛々しく素直に男前だと感じる。王泥喜の憧れがそのまま形になって、それは写っていた。
 けれどどうにもしっくりこないのも、その写真を見ての感想であった。何がどう違うのか分からないまま、捲られるままに次々と現れる成歩堂の写真をぼんやりと見る。ふいにあの声が聞きたくなった。
 低くやわらかく、自分を呼ぶ、あの声が。

「……何泣いてんだよ」

 言われて初めて、己が泣いている事を知る。
 ぽたりと落ちた雫は黒い染みを作り、水分を含んだ紙はくしゃりと歪む。王泥喜があれほど切望した彼は、滲んで歪んだままそこに佇んでいた。

「べ、べつ、に…泣いて、なんか…」
「それのどこがだよ。………やっぱり、会いたく、なった?」

 違う、と否定の言葉を吐こうとした唇は、震えて音にならなかった。代わりにぼたりぼたりと大粒の涙が零れ落ち、王泥喜は歯噛みした。これでは認めざるを得ない。今まで極力考えない様にしていた苦労が全て水の泡だ。
 苦い想いをぶつける様に、王泥喜は雑誌に映る成歩堂を睨む。彼は何も言わなかった。

「…そうだよ。会いたい。俺は、あの人に会いたいんだ。会いたくて会いたくて、仕方がないんだ」

 吐き出した言葉に一層切なさが募る。唇を噛み締めて、漏れ出る嗚咽を必死に堪える。
 7年後の成歩堂は、理想と憧れを一瞬で打ち砕く程今の彼とはかけ離れていた。どちらに尊敬の念を抱けるか、どちらがより好ましいのか、それは問わずとも分かり切っている。
 ―――それでも、脳裏に浮かぶのは紛れも無い、7年後の成歩堂だった。

「会いたい。…会いたいよ」






「俺はあの人が、堪らなく好きなんだ」


 ぽたりと雫が、成歩堂の上に落ちた。それでも彼は何も言わない。
 ―――あの声が無性に恋しかった。


end.

作品名:成王ログ 作家名:真赭