成王ログ
学パロです。苦手な方はご注意下さい。
・成歩堂(33)=保険医
・王泥喜(15)=不良とまではいかなくとも、喧嘩の絶えない問題児
「…またキミか」
古びて鈍い音を響かせた、出入り口ともいえる扉を見やると、そこには常連ともいうべき人物が突っ立っていた。呆れたように眺めれば、ギッと鋭い視線で睨まれる。
やれやれと頭一つ掻いて溜息を零すと、少年は大袈裟に靴を鳴らしてズカズカと、それこそ遠慮の欠片も無く室内へと足を踏み入れた。
「センセ、消毒」
そうしてまるでおやつを強請る子供の様に――実際彼は子供であったが――勝手に椅子に座り催促してくる。
その様子に成歩堂は彼に分からない様に小さく笑い、それから実にゆったりとした動作で自身の椅子に座ると、そのままデスクの方へと向き直った。
「先生!」
焦れた様に喚く少年に頬杖をついて横を向き、ゆるりと妖艶な笑みを浮かべる。途端ぎくりと身体を強張らせる少年など気にもせず、彼の後ろの棚を指差した。
「消毒薬ならそこにあるよ。場所はもう知ってるよね?自分でやってくれる?」
「なっ、なんだよ、それ。アンタ保険医だろ?職務怠慢だ」
「あのねぇ。じゃあ言わせて貰うけど、最近どこかの誰かさんがよく此処に来る所為で、備品の減りが異様に早いんだよね。お陰で事務の人には散々文句を言われるしで困ってるんだけど。まあどこぞの誰かさんがしょっちゅう怪我を拵えてさえ来なければ、そんな事も言われないんだけどねえ」
「…悪かったな」
不貞腐れた様に頬を膨らませる少年に、成歩堂は小さく笑みを零し、この話は終わりだと告げるかの様にひらひらと片手を振る。
「分かってくれたら良いんだよ。適当に消毒したら適当に片して帰って良いから。問診は僕が適当に書いとく」
「…適当ばっかだな」
「適切って意味の方の適当だから良いんだよ」
笑いながらそう切り返し、本当にこれ以上相手にするつもりは無いのだと暗に伝える。そうすると暫くしてガタガタと棚の扉を開く音が狭い室内に響き、それからぼたぼたと盛大に液体が零れる音が続く。それはともすればびしゃびしゃ、という音にもとれた。
「―――ん?」
響く音の違和を不審に思ったその直後、ツンと鼻をつく独特の臭いが部屋全体を包み込む。慌てて振り返ると、そこには何とも悲惨な光景が繰り広げられていた。
「ちょ、何やってんだキミは!」
大股で近付き、消毒薬を引っ手繰る。少年の足元には大きな水溜りが出来ていた。
目線を上にあげて彼の左手を見ると、ぐしょぐしょになった脱脂綿が握りしめられている。最早溜息すら出て来ない。
呆気にとられて物も言えない成歩堂を余所に、眼前の少年は「普段使わない所為か「適量」がよく分からなくて」といけしゃあしゃあと嘯き、肩を竦めた。
大人げないと思いつつも、ぷつりと何かが切れる音を成歩堂は確かに聞いた。そして彼はそれに従順に従った。
「…オドロキくん、」
「ンだよ」
上目にこちらを眺める王泥喜に、にこりと笑みを浮かべてむんずと両頬を掴んで固定する。いきなりの暴挙にぱちくりと目を見開く彼には構いもせず、成歩堂はあんぐりと口を開いて、血の滲む傷口へ吸い付いた。
「…なっ、ちょっ…!…って、痛ェ!!」
抉る様に舌を這わせて、じわりと浮かぶ真っ赤な血液を唇で啜る。
痛みからか、それともこの行為自体にか、逃れる様に暴れる王泥喜を逆に逃さぬ様、挟んだ両手に力を込める。そうして順に、傷口を追って行く。
唇でやわく食み、ぬめった舌で全体を舐めとった後、先を尖らせて肉を抉る様に捻じ込む。それから慰めるように滲んだ血を吸い上げて、繰り返し繰り返し、まるで消毒の代わりだとでも云う様に傷口ごとにそれを飽きもせずに行う。
最後、口の端に出来た傷に唇を寄せようとして、それは唐突に終わりをみせた。目線を前方にやると顔を真っ赤にし、息も絶え絶えに両手を突っ張ったままの状態の王泥喜がこちらを見ていた。それを見て突き飛ばされたのだと知る。
成歩堂は未だに固まったままの王泥喜の鼻先に顔を突き合わせ、にやりと哂ってみせた。
「これに懲りたら、もう二度と怪我なんてしないことだよ」
わざと低い声音を作りゆうるりと口角を上げると、王泥喜は弾かれた様に部屋を走り去って行く。
開け放たれたままの扉から、遠くで何かが蹴飛ばされる甲高い音と何かにぶつかる鈍い音が聞こえてきて、成歩堂は一つ大きな溜息を零した。
「言った側から、怪我してないだろうな…」
未だに小さく響く騒音を聞きながら、広がったままの小さな池ともいえる液体の残骸を眺めてまた一つ、成歩堂は盛大な溜息を吐くのだった。
end.