成王ログ
※学パロですので、苦手な方は要注意。
きぃんと冷えた空気の中、ふいに甲高い機械音が鳴り響き、王泥喜は慌ててコートのポケットを弄った。
パカリと小さな手のひらサイズの箱――基、携帯の画面を開くと、そこには見慣れた名前と共に、簡素な文が表示されていた。
王泥喜はそれに手早く返事を返すと、くるりと反転し、来た道を戻っていく。
その足は妙に浮足立っていて、駅を目前に捉えると我慢出来ないとばかりに走り出す。
発車寸前の列車に慌てて滑り込み、弾む息を整えながら王泥喜は、これから過ごす時に想いを馳せてゆるりと微笑んだ。
***
「やあ、早かったね」
指定された場所は降りた駅を少し歩いた所にある、小さな、そしてどことなく草臥れた様子を漂わせる居酒屋だった。
そこの一角に陣取って先に杯を傾けていた男は、王泥喜を見ると人好きのする、けれどもどこか胡散臭い笑顔で彼を出迎えた。
「まだ家には辿り着いてませんでしたので。――ところで先生」
「なんだい?」
「此処、居酒屋ですよね?」
「そうだね」
故意かそれとも本当に分かっていないのか、きょとんとした顔を向け即答する男に、王泥喜はこめかみを押さえて痛む頭をどうにか遣り過ごす。
「俺の歳、知ってます?」
「確か17、だったっけ?」
「覚えておいてくれて光栄です。で、どうして此処なんですか」
「此処って?」
「――俺、飲めません」
にやりと面白そうに笑うその顔に、とぼけている振りをしているだけだと知る。
あまりの仕打ちに腹が立ち、それでも周りの客や自分達の関係を考えると、常の様に怒鳴る事は憚られた。
それでも何か言ってやりたい衝動のままに言葉を吐き出せば、予想以上に拗ねた声が口から洩れる。
―――また笑われる。
羞恥で赤く染まった頬を隠す様に俯いた王泥喜を余所に、目の前の男は小さく笑んだだけで、けれども王泥喜がそれを見る事は叶わなかった。
「知ってるよ。だから、此処なんだ」
代わりに告げられた言の葉は、悪戯が成功した様な子供っぽい響きが混じっていた。
謎かけの様な応えに、疑問のまま顔を上げればやんわりとしたいろの眸とかち合う。
「保護者と同伴なら、別に来たって捕まりはしないよ。勿論、飲まない事が大前提だけどね」
「……先生、は保護者じゃないでしょう」
「うん、そうだね」
苦々しげに呟けばあっさりとそれを肯定されて、歯噛みする。大人と子供という壁を感じるのは、こういう時だ。
「でも、だからこういう事が出来るんだよ」
――何の為にこんな場所を選んだと思ってるのさ。
小さく微かに呟かれた言葉を理解する暇もなく、唇にやわらかな感触が与えられる。
それが何か、を知覚する前にぐい、と引き寄せられて、更に深い口付けを施された。
「大丈夫、この席、死角だから。――ああでも、声はちょっと我慢してね」
合間にそう告げられ、言い終わるや否やぬるりと舌が滑り込む。
大人という生き物は本当にズルイ。
こちらの気持ちを知っていて、その上で手を出すくせに予防線を張る。
ずるい。ずる過ぎる。
―――それでも。
側に居たいと願う事をやめられない。知りたいと、思うのだ。
「ね、この後、僕んちに来るよね?」
応えを必要としない問い掛けに、王泥喜はただ無言のまま頷いた。
end.