Goodbye My Wings03
歌は命だと思っていた。
「あー、疲れたっ!!」
シエルが病み上がりにも関わらずカメランの幾多の要望に応えてメンズ雑誌の撮影を終えたときには本来の撮影終了予定時刻を大幅にオーバーしていた。
それでもシエルは撮影中は疲れた顔など少しも見せず、始終魅惑的な視線をカメラに向けていた。
そして殆どのスタッフが帰宅した後の薄暗い廊下を通って自分の荷物がある楽屋に入ったとき、シエルは自分以外誰もいない部屋でどかりっと椅子の腰掛けそう言った。
仕事場では絶対弱音を吐かない、それがシエルの自分で自分に定めたルールだった。
生きるために歌う、歌で生きてく、そう決めたときからシエルは幾多の苦渋にもあったがそれでもプロとして仕事をするというプライドが自分に甘やかしを許さなかった。
だからこんな風に”疲れた”という一言ですらシエルはグレイスや極親しい人物の前以外では言わない。
「シエル、いいか?」
濡れたタオルを顔に被せ背もたれに倒れているとドアをノックする音が聞こえた。
「アルトか?入れよ。」
タオルを取り振り向いたところでちょうどガチャリと音を立ててドアが開いた。
「シケた面して、どうしたんだよ?」
目の前の鏡を見ればそこにドアノブに手を掛けたまま酷く思い詰めた表情のアルトが写っていた。
シエルに声を掛けられたことでアルトの瞳が楽屋の鏡越しにシエルを捉え、開けっ放しのドアを閉めゆっくりとシエルのもとに歩いてきた。
シエルはその間もずっと鏡に映ったアルトを目で追い続け、アルトがシエルのすぐ傍に来たとき初めて彼の方に向き直った。
「なんだよ?」
あくまでも尊大に問いかけるシエルにアルトの表情は変らない。
「おまえ・・・病気なんだろ?」
「はっ、だからそれは違うって・・・」
「嘘付くなよっ!!」
鼻で笑おうとしたシエルを遮ってアルトの怒鳴り声が楽屋中に響いた。
スタッフが帰った後でなければきっとシエルを心配して誰かが駆け込んで来ただろうと思うくらいその声は部屋を震わせた。
「・・・グレイスから聞いたんだ。」
アルトの怒鳴り声に暫く驚いて何も言えなくなっていたシエルの表情がそれを聞いたとたん不機嫌に歪んだ。
「グレイスのやつ・・・余計なことをっ。」」
チッと舌打ちをして視線をそらすシエルにアルトはバンッと近くにあった机を叩いた。
「余計なことかよ!?シエルッ、おまえこのまま歌い続けたら死ぬんだろっ!?」
「だから何だよ?」
アルトの整った顔がぐっと近づいてシエルに詰め寄るのに対して、シエルは目線を合わそうとはせずあくまで冷静に応える。
「だから何っって・・・!!俺はおまえを心配してっ・・・!!」
「だから歌うなって言うのかよ?俺から歌を取れっていうのかよ?」
「死ぬよりましだろっ!?」
その時それまで冷静だったシエルの瞳がかっと見開いてアルトを睨んだ。
「歌わないなら死んだ方がましだっ!!」
今のシエルはアルトに負けないくらい険しい表情をしていた。
グレイスには病気のことは誰にも言わないように口止めしていた。
特にアルトには。
それをあっさりアルトに言ってしまうなんて、今度ばかりは本当にグレイスが憎かった。
「そんなわけないだろっ!?」
「そんなわけあるさっ!俺は歌うために生きてんだっ!歌は俺の命だ!」
勢いよく立ち上がった拍子にシエルが座っていた椅子がガタリと音を立てて倒れた。
そして緊張感とともに微妙な沈黙が広がった。
アルトに知られるのが怖かった。
アルトが病気のことを知ってどんな反応を示そうがシエルにとってそれが辛いことに変りはなかったから。
「シエル、おまえ昨日病院で俺に聞いたよな?死ぬのが怖いかって?」
俯いたアルトの握り締められた拳が微かに震えているのが見えた。
「おまえは死ぬのが怖いんだろ?」
「・・・!!」
顔を上げたアルトと視線が合いシエルは何も言えなくなる。
それほどアルトの表情が悲しそうで、苦しそうで、シエルの張り詰めていた気持ちもつられてキンッと胸が痛んだ。
「歌をやめれば助かるって・・・。」
「・・・っんだよ・・・。」
アルトは何もわかっていない。
それでも、それでいいんだと思う。
彼が今どんな気持ちでシエルに歌うなと言ってるのか、シエルにはわからなかったがそれでもやっぱり歌をやめたシエルがどうなるとか、やめなかったらどうなるとか、そんなこと全部彼は知らないのだ。
彼は中途半端だ。
だけどその中途半端にしているのは紛れもなく自分ではないか。
きっとここが潮時なのだとシエルは自分で自分に言い聞かせる。
「なんなんだよっ!?俺が歌って死のうが死ぬまいがおまえには関係ないだろっ!?おまえはランカちゃんと楽しくマヤン・ビーチでも行ってろよっ!」
「はぁ!?なんでここでランカが出てくるんだよっ!?おまえほんと意味わかんねぇってっ・・・ってっ!!」
もはや何に怒ってるのかわからないとシエルを睨みつけるアルトの腕をシエルは勢いよく掴んでドアの方に引っ張ってゆく。
心臓が何千本もの針に刺されたみたいに痛かった。
目頭がカッと熱くなったが、その衝動を必死で堪える。
「俺が自分の命をどうしようがおまえには関係ないし、俺はアルト、おまえなんか必要ないから可愛いランカちゃんのところへ行けっって言ってるんだっ!」
ガンッと音を響かせながらドアを開け、アルトの背中を思いっきり蹴ってやった。
「・・・っつ!!あっおいっ!!」
「その面二度と見せんな。」
手を付いて倒れたアルトが起き上がってドアに駆け寄るよりも先にシエルはそれだけ言って勢いよくドアを閉めると鍵を掛けた。
「おいっ!!シエルッ・・・!!開けろよっ!!」
ドンドンッとドアを叩く衝撃を背中に感じながらシエルはその場にヘタリ込んだ。
「・・・っごほごほっ!」
「シエルッ!?」
その途端に激しく咳き込み出して、息のできない苦しさからかわからない涙が頬を伝った。
あれから暫くして騒ぎを聞きつけたグレイスが何度もシエルの楽屋のドアを叩くアルトをなんとか追い出して、スペアキーで中に入ると気を失ったシエルがそこに倒れていた。
―ピッピッピッと規則的に鳴り続ける機械音をカプセル型のベットの中で聞きながらシエルは昨夜のことを思い出していた。
あれでよかったのだ、と思う。
だがその反面きっと今頃アルトはランカと休暇を楽しんでいるのだろう、とその姿を想像して胸が痛んだ。
(あぁ!やめだやめだっ!)
かぶりぶって手元のスイッチを押すとプシューと気体が抜ける音とともにベットのガラスカバーが開いた。
裸足の足にタイルが冷たかったが、シエルは構わず近くにあったバスローブだけ纏ってリビングに移動した。
ここはギャラクシーがバジュラに攻撃され帰れなくなったことがわかったときにグレイスが手配してくれたダウンタウンにある貸家だった。
「あー、疲れたっ!!」
シエルが病み上がりにも関わらずカメランの幾多の要望に応えてメンズ雑誌の撮影を終えたときには本来の撮影終了予定時刻を大幅にオーバーしていた。
それでもシエルは撮影中は疲れた顔など少しも見せず、始終魅惑的な視線をカメラに向けていた。
そして殆どのスタッフが帰宅した後の薄暗い廊下を通って自分の荷物がある楽屋に入ったとき、シエルは自分以外誰もいない部屋でどかりっと椅子の腰掛けそう言った。
仕事場では絶対弱音を吐かない、それがシエルの自分で自分に定めたルールだった。
生きるために歌う、歌で生きてく、そう決めたときからシエルは幾多の苦渋にもあったがそれでもプロとして仕事をするというプライドが自分に甘やかしを許さなかった。
だからこんな風に”疲れた”という一言ですらシエルはグレイスや極親しい人物の前以外では言わない。
「シエル、いいか?」
濡れたタオルを顔に被せ背もたれに倒れているとドアをノックする音が聞こえた。
「アルトか?入れよ。」
タオルを取り振り向いたところでちょうどガチャリと音を立ててドアが開いた。
「シケた面して、どうしたんだよ?」
目の前の鏡を見ればそこにドアノブに手を掛けたまま酷く思い詰めた表情のアルトが写っていた。
シエルに声を掛けられたことでアルトの瞳が楽屋の鏡越しにシエルを捉え、開けっ放しのドアを閉めゆっくりとシエルのもとに歩いてきた。
シエルはその間もずっと鏡に映ったアルトを目で追い続け、アルトがシエルのすぐ傍に来たとき初めて彼の方に向き直った。
「なんだよ?」
あくまでも尊大に問いかけるシエルにアルトの表情は変らない。
「おまえ・・・病気なんだろ?」
「はっ、だからそれは違うって・・・」
「嘘付くなよっ!!」
鼻で笑おうとしたシエルを遮ってアルトの怒鳴り声が楽屋中に響いた。
スタッフが帰った後でなければきっとシエルを心配して誰かが駆け込んで来ただろうと思うくらいその声は部屋を震わせた。
「・・・グレイスから聞いたんだ。」
アルトの怒鳴り声に暫く驚いて何も言えなくなっていたシエルの表情がそれを聞いたとたん不機嫌に歪んだ。
「グレイスのやつ・・・余計なことをっ。」」
チッと舌打ちをして視線をそらすシエルにアルトはバンッと近くにあった机を叩いた。
「余計なことかよ!?シエルッ、おまえこのまま歌い続けたら死ぬんだろっ!?」
「だから何だよ?」
アルトの整った顔がぐっと近づいてシエルに詰め寄るのに対して、シエルは目線を合わそうとはせずあくまで冷静に応える。
「だから何っって・・・!!俺はおまえを心配してっ・・・!!」
「だから歌うなって言うのかよ?俺から歌を取れっていうのかよ?」
「死ぬよりましだろっ!?」
その時それまで冷静だったシエルの瞳がかっと見開いてアルトを睨んだ。
「歌わないなら死んだ方がましだっ!!」
今のシエルはアルトに負けないくらい険しい表情をしていた。
グレイスには病気のことは誰にも言わないように口止めしていた。
特にアルトには。
それをあっさりアルトに言ってしまうなんて、今度ばかりは本当にグレイスが憎かった。
「そんなわけないだろっ!?」
「そんなわけあるさっ!俺は歌うために生きてんだっ!歌は俺の命だ!」
勢いよく立ち上がった拍子にシエルが座っていた椅子がガタリと音を立てて倒れた。
そして緊張感とともに微妙な沈黙が広がった。
アルトに知られるのが怖かった。
アルトが病気のことを知ってどんな反応を示そうがシエルにとってそれが辛いことに変りはなかったから。
「シエル、おまえ昨日病院で俺に聞いたよな?死ぬのが怖いかって?」
俯いたアルトの握り締められた拳が微かに震えているのが見えた。
「おまえは死ぬのが怖いんだろ?」
「・・・!!」
顔を上げたアルトと視線が合いシエルは何も言えなくなる。
それほどアルトの表情が悲しそうで、苦しそうで、シエルの張り詰めていた気持ちもつられてキンッと胸が痛んだ。
「歌をやめれば助かるって・・・。」
「・・・っんだよ・・・。」
アルトは何もわかっていない。
それでも、それでいいんだと思う。
彼が今どんな気持ちでシエルに歌うなと言ってるのか、シエルにはわからなかったがそれでもやっぱり歌をやめたシエルがどうなるとか、やめなかったらどうなるとか、そんなこと全部彼は知らないのだ。
彼は中途半端だ。
だけどその中途半端にしているのは紛れもなく自分ではないか。
きっとここが潮時なのだとシエルは自分で自分に言い聞かせる。
「なんなんだよっ!?俺が歌って死のうが死ぬまいがおまえには関係ないだろっ!?おまえはランカちゃんと楽しくマヤン・ビーチでも行ってろよっ!」
「はぁ!?なんでここでランカが出てくるんだよっ!?おまえほんと意味わかんねぇってっ・・・ってっ!!」
もはや何に怒ってるのかわからないとシエルを睨みつけるアルトの腕をシエルは勢いよく掴んでドアの方に引っ張ってゆく。
心臓が何千本もの針に刺されたみたいに痛かった。
目頭がカッと熱くなったが、その衝動を必死で堪える。
「俺が自分の命をどうしようがおまえには関係ないし、俺はアルト、おまえなんか必要ないから可愛いランカちゃんのところへ行けっって言ってるんだっ!」
ガンッと音を響かせながらドアを開け、アルトの背中を思いっきり蹴ってやった。
「・・・っつ!!あっおいっ!!」
「その面二度と見せんな。」
手を付いて倒れたアルトが起き上がってドアに駆け寄るよりも先にシエルはそれだけ言って勢いよくドアを閉めると鍵を掛けた。
「おいっ!!シエルッ・・・!!開けろよっ!!」
ドンドンッとドアを叩く衝撃を背中に感じながらシエルはその場にヘタリ込んだ。
「・・・っごほごほっ!」
「シエルッ!?」
その途端に激しく咳き込み出して、息のできない苦しさからかわからない涙が頬を伝った。
あれから暫くして騒ぎを聞きつけたグレイスが何度もシエルの楽屋のドアを叩くアルトをなんとか追い出して、スペアキーで中に入ると気を失ったシエルがそこに倒れていた。
―ピッピッピッと規則的に鳴り続ける機械音をカプセル型のベットの中で聞きながらシエルは昨夜のことを思い出していた。
あれでよかったのだ、と思う。
だがその反面きっと今頃アルトはランカと休暇を楽しんでいるのだろう、とその姿を想像して胸が痛んだ。
(あぁ!やめだやめだっ!)
かぶりぶって手元のスイッチを押すとプシューと気体が抜ける音とともにベットのガラスカバーが開いた。
裸足の足にタイルが冷たかったが、シエルは構わず近くにあったバスローブだけ纏ってリビングに移動した。
ここはギャラクシーがバジュラに攻撃され帰れなくなったことがわかったときにグレイスが手配してくれたダウンタウンにある貸家だった。
作品名:Goodbye My Wings03 作家名:kokurou