【米英】HAPPY☆ICE CREAM
『――暑いよ、イギリス。こっちは毎日暑くて今にも溶けそうだから、俺に会いに来るなら今のうちだぞ!』
そんな訳の分からない電話がアメリカから掛かって来たのは、二日前のこと。溶けるかバカ、と呆れ声で返して、けれどその二日後、俺は何故かニューヨークに居た。
「確かにあちいな……」
さんさんと照りつける太陽を見上げて呟く。雲ひとつない澄み切った空だ。足元を見れば、しばらく雨の日がないのだろう、からからに乾いたアスファルト。季節問わず雨の多い俺の家とは大違いだ。
気づけば額に浮き出ていた汗を、ハンカチを取り出すのもおっくうで、手の甲で拭う。と、そのとき。
「……あ、」
ふと、街角に止めてあるワゴン車が目に飛び込んで来た。その側面には何枚もの写真が貼ってあって、天井に近い部分には横長のプレートを掲げている。それにはこう書いてあった――アイスクリームショップ、と。
「それでこんなに買ってきてくれたってわけかい?」
アメリカが感心したように云った。彼の前には赤、青、茶、白と色とりどりのパッケージに包まれたアイスクリームのカートンが並んでいる。さっきのワゴンで売られていたものだ。何種類か選んだそれを手土産にして、俺はアメリカの元を訪れていた。
「これ全部もらっていいのかい? 食べてもいい?」
青い目がキラキラと輝いている。土産をこんなに喜んでもらえたのはいつ以来だろうか。ひょっとしたら独立して初めてかもしれない。俺の土産――大抵はスコーンと紅茶――はいつもすこぶる不評で、アメリカは大概ありがたくもなさそうに、むしろ迷惑そうにするというのが決まった反応だった。
だが、今日は違う。喜びを隠し切れない、といった様子だ。正直なところ複雑だけれど、歓迎されるに越したことはないと思うことにする。
「ああ。暑いって云うから、どうせすぐ切らすだろうと思ってな。……にしてもこの家、ちょっとクーラー効きすぎじゃねえか?」
「そうかい? いつもこんなものだけど」
白のアイス――バニラを選び取ったアメリカは、蓋を開けながら不思議そうに聞いた。
「それじゃ、さっそくいただくぞ!」
「いっぺんに食うなよ、腹壊すからな」
今にも全部平らげそうなアメリカに釘を刺すと、自信満々に頷いた。
「うん、これなら今日一日はもつぞ!」
「人の話を聞けよ」
三日はもつだろうと思って買ってきたのだが、どうやらアメリカにとっては一日分だったようだ。そんなんじゃこの夏は一週間でメタボだぞ、とため息を吐く。なんだい、いいじゃないかと云いながらアメリカはスプーンを突っ込んだ。ふんふんふん、と鼻歌混じりにアイスを貪る姿は上機嫌そのものだ。
「ああ、そうだ。スコーンも焼いてきたんだ。良かったらアイスと一緒に」
「うん、それはいらないぞ」
今なら出しても大丈夫かもしれない、と手に持って来た袋を翳すと、アメリカは笑顔のまま返した。
「っ……一緒に食ったらうまいかもしれないだろ?」
「ははは、まさか! アイスをどぶに捨てるようなものじゃないか」
「そこまで云うか?!」
いくらなんでもあんまりだ。機嫌が良さそうだからひょっとして、と期待した分失望も大きくて、俺はがくりと肩を落とした。見ればカートンの中身は既に三分の一ほどなくなっている。……本当にこれ全部一日で食う気か?
「お前、ほんっとアイス好きだよな。それ、そんなうまいかよ?」
「ん? 君にはあげないぞ!」
アメリカはカートンを握り締めてそう云った。
「お前な……別に欲しいわけじゃねえけどムカつく。俺が持って来たモンだろうが!」
「スコーンは食べてもいいぞ!」
「ちくしょおお」
どうやら機嫌の良し悪しは関係ないらしい、いつも通りのアメリカに、俺はいつも通り歯軋りをすると顔をうつむけてぼやいた。
「ああ、昔はこんな食い意地張ったやつじゃなかったのに」
「君がマズいものばかり与えたからじゃないかい?」
「んだとお……わっ!」
――べちょ。顔を上げようとしたそのとき、頬にひんやりとした感触がした。アメリカがスプーンにすくったアイスを押し付けたのだと把握したのは、二秒ほどあとのことだ。
「何すんだばかあ!」
冷たいだろ、と抗議すると、アメリカは「あーあ」と肩をすくめた。
「しょうがないから分けてあげようと思ったのに、君が頭を動かすからだぞ」
「だから欲しいわけじゃないっつうの……んむっ」
口を開くと、今度こそ、とばかりにスプーンが口の中に侵入して来る。仕方なくその上のアイスクリームを取ると、スプーンを取り出してアメリカがにこやかに尋ねた。
「おいしいかい?」
「ん、まあな……」
アイスは舌の上であっという間に溶けてなくなった。甘いバニラの余韻だけがふわりと口内に漂っている。アメリカの行動に動揺しつつ頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。
「じゃあもう少しだけ。口開けてくれよ」
――な、何だこの状況……?
訳が分からないながらも云われるままにする。口を開けた状態で待ち構えているのはさぞや間抜けだろうと思うが、身体が勝手にそうしていた。けれど二口目を受け取ると、最後の一口だぞ、とスプーンを再び差し出そうとしたアメリカに、やっと我に返った俺は慌てて止めた。
「な、なあアメリカ、スプーン寄越せよ。自分で食える」
「嫌だよ。そんなこと云って君、全部食べる気だろう!」
「お前のその発想はどこから湧いてくるんだよ」
……そんな理由だったか。くそ、ドキドキしちまった俺がバカみてえじゃねえか。二重の意味で恥ずかしくなっていると、アメリカははたと何かに気付いた顔をした。
「ああ、じゃあ君の云うようにアイスとスコーンを一緒に食べてみて、どんな味か感想聞かせてくれよ」
いちおう、スコーンの存在を認めてくれてはいたようだが。
「……俺は毒見かよ」
「もちろんさ!」
「笑顔で云うなよ。くそ……」
肯定されたことには腹が立つが、とりあえず云われるがままにスコーンを取り出す。半分に割ると、バニラアイスを乗せて口に含んだ。
「どうだい?」
「うまい」
適当に云った割には結構いけるようだ。頷くとアメリカは不審そうに聞く。
「本当かい?」
「ああ。紅茶があれば最高だな。お前も食べてみろよ」
食べるわけがないと思いつつも残りのスコーンを差し出してみる。すると意外にも、横からアメリカが身を乗り出した。
「!」
手にしていたそれにぱくりと食いつくと、アメリカはもぐもぐと咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。
「どうだ……?」
恐る恐る尋ねてみれば、あっさりと頷く。
「うん、悪くはないかな」
「……だろ?」
「これなら今度うちから出す新作アイスとして提言してもいいぞ」
「……」
ぺろりとくちびるの端を舐める、その仕草が妙に色っぽく見えて、思わず見惚れてしまう。それに気づいたらしい、顔を上げるとアメリカは呆れた表情をした。
「……君、何かものすごくいやらしい顔してるぞ」
「えっ」
そんな訳の分からない電話がアメリカから掛かって来たのは、二日前のこと。溶けるかバカ、と呆れ声で返して、けれどその二日後、俺は何故かニューヨークに居た。
「確かにあちいな……」
さんさんと照りつける太陽を見上げて呟く。雲ひとつない澄み切った空だ。足元を見れば、しばらく雨の日がないのだろう、からからに乾いたアスファルト。季節問わず雨の多い俺の家とは大違いだ。
気づけば額に浮き出ていた汗を、ハンカチを取り出すのもおっくうで、手の甲で拭う。と、そのとき。
「……あ、」
ふと、街角に止めてあるワゴン車が目に飛び込んで来た。その側面には何枚もの写真が貼ってあって、天井に近い部分には横長のプレートを掲げている。それにはこう書いてあった――アイスクリームショップ、と。
「それでこんなに買ってきてくれたってわけかい?」
アメリカが感心したように云った。彼の前には赤、青、茶、白と色とりどりのパッケージに包まれたアイスクリームのカートンが並んでいる。さっきのワゴンで売られていたものだ。何種類か選んだそれを手土産にして、俺はアメリカの元を訪れていた。
「これ全部もらっていいのかい? 食べてもいい?」
青い目がキラキラと輝いている。土産をこんなに喜んでもらえたのはいつ以来だろうか。ひょっとしたら独立して初めてかもしれない。俺の土産――大抵はスコーンと紅茶――はいつもすこぶる不評で、アメリカは大概ありがたくもなさそうに、むしろ迷惑そうにするというのが決まった反応だった。
だが、今日は違う。喜びを隠し切れない、といった様子だ。正直なところ複雑だけれど、歓迎されるに越したことはないと思うことにする。
「ああ。暑いって云うから、どうせすぐ切らすだろうと思ってな。……にしてもこの家、ちょっとクーラー効きすぎじゃねえか?」
「そうかい? いつもこんなものだけど」
白のアイス――バニラを選び取ったアメリカは、蓋を開けながら不思議そうに聞いた。
「それじゃ、さっそくいただくぞ!」
「いっぺんに食うなよ、腹壊すからな」
今にも全部平らげそうなアメリカに釘を刺すと、自信満々に頷いた。
「うん、これなら今日一日はもつぞ!」
「人の話を聞けよ」
三日はもつだろうと思って買ってきたのだが、どうやらアメリカにとっては一日分だったようだ。そんなんじゃこの夏は一週間でメタボだぞ、とため息を吐く。なんだい、いいじゃないかと云いながらアメリカはスプーンを突っ込んだ。ふんふんふん、と鼻歌混じりにアイスを貪る姿は上機嫌そのものだ。
「ああ、そうだ。スコーンも焼いてきたんだ。良かったらアイスと一緒に」
「うん、それはいらないぞ」
今なら出しても大丈夫かもしれない、と手に持って来た袋を翳すと、アメリカは笑顔のまま返した。
「っ……一緒に食ったらうまいかもしれないだろ?」
「ははは、まさか! アイスをどぶに捨てるようなものじゃないか」
「そこまで云うか?!」
いくらなんでもあんまりだ。機嫌が良さそうだからひょっとして、と期待した分失望も大きくて、俺はがくりと肩を落とした。見ればカートンの中身は既に三分の一ほどなくなっている。……本当にこれ全部一日で食う気か?
「お前、ほんっとアイス好きだよな。それ、そんなうまいかよ?」
「ん? 君にはあげないぞ!」
アメリカはカートンを握り締めてそう云った。
「お前な……別に欲しいわけじゃねえけどムカつく。俺が持って来たモンだろうが!」
「スコーンは食べてもいいぞ!」
「ちくしょおお」
どうやら機嫌の良し悪しは関係ないらしい、いつも通りのアメリカに、俺はいつも通り歯軋りをすると顔をうつむけてぼやいた。
「ああ、昔はこんな食い意地張ったやつじゃなかったのに」
「君がマズいものばかり与えたからじゃないかい?」
「んだとお……わっ!」
――べちょ。顔を上げようとしたそのとき、頬にひんやりとした感触がした。アメリカがスプーンにすくったアイスを押し付けたのだと把握したのは、二秒ほどあとのことだ。
「何すんだばかあ!」
冷たいだろ、と抗議すると、アメリカは「あーあ」と肩をすくめた。
「しょうがないから分けてあげようと思ったのに、君が頭を動かすからだぞ」
「だから欲しいわけじゃないっつうの……んむっ」
口を開くと、今度こそ、とばかりにスプーンが口の中に侵入して来る。仕方なくその上のアイスクリームを取ると、スプーンを取り出してアメリカがにこやかに尋ねた。
「おいしいかい?」
「ん、まあな……」
アイスは舌の上であっという間に溶けてなくなった。甘いバニラの余韻だけがふわりと口内に漂っている。アメリカの行動に動揺しつつ頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。
「じゃあもう少しだけ。口開けてくれよ」
――な、何だこの状況……?
訳が分からないながらも云われるままにする。口を開けた状態で待ち構えているのはさぞや間抜けだろうと思うが、身体が勝手にそうしていた。けれど二口目を受け取ると、最後の一口だぞ、とスプーンを再び差し出そうとしたアメリカに、やっと我に返った俺は慌てて止めた。
「な、なあアメリカ、スプーン寄越せよ。自分で食える」
「嫌だよ。そんなこと云って君、全部食べる気だろう!」
「お前のその発想はどこから湧いてくるんだよ」
……そんな理由だったか。くそ、ドキドキしちまった俺がバカみてえじゃねえか。二重の意味で恥ずかしくなっていると、アメリカははたと何かに気付いた顔をした。
「ああ、じゃあ君の云うようにアイスとスコーンを一緒に食べてみて、どんな味か感想聞かせてくれよ」
いちおう、スコーンの存在を認めてくれてはいたようだが。
「……俺は毒見かよ」
「もちろんさ!」
「笑顔で云うなよ。くそ……」
肯定されたことには腹が立つが、とりあえず云われるがままにスコーンを取り出す。半分に割ると、バニラアイスを乗せて口に含んだ。
「どうだい?」
「うまい」
適当に云った割には結構いけるようだ。頷くとアメリカは不審そうに聞く。
「本当かい?」
「ああ。紅茶があれば最高だな。お前も食べてみろよ」
食べるわけがないと思いつつも残りのスコーンを差し出してみる。すると意外にも、横からアメリカが身を乗り出した。
「!」
手にしていたそれにぱくりと食いつくと、アメリカはもぐもぐと咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。
「どうだ……?」
恐る恐る尋ねてみれば、あっさりと頷く。
「うん、悪くはないかな」
「……だろ?」
「これなら今度うちから出す新作アイスとして提言してもいいぞ」
「……」
ぺろりとくちびるの端を舐める、その仕草が妙に色っぽく見えて、思わず見惚れてしまう。それに気づいたらしい、顔を上げるとアメリカは呆れた表情をした。
「……君、何かものすごくいやらしい顔してるぞ」
「えっ」
作品名:【米英】HAPPY☆ICE CREAM 作家名:逢坂@プロフにお知らせ