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いちご 松林檎
いちご 松林檎
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陽だまり

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2009年にブログに掲載していたものです。
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 元親は、ユラユラと揺れる波に反射された月の光を見ていた。
 自国では、桜も満開となる時期。
 見張り台で一人、海を眺めながら冬から春に向かう季節の替わりを、寒さの緩んだ空気に感じていた。 
「風はこんなに、ぬるくなってきやがったのになぁ」
 元親はそう呟くと、波を見ていた視線を上げ、波を煌かせている月を仰いだ。
 2日前に奥州を出航した船は、別段コレといった難所もなく、明日の昼過ぎには次の港に水の調達の
ために着く予定である。
 普段なら、陸に上がれる嬉しさに、今晩あたりは賑やかになるはずの野郎共が、今日は『シン・・』
と静まり返っていた。
 実は2日前に奥州を出航した時に、伊達政宗、そして小十郎と数人の伊達の人間がこの船に乗り込んでいた。
 だが、この沈黙したような静けさは、伊達の人間がこの船に居るからという訳ではない、実は出航した翌朝
に政宗が体調を崩して寝込んでしまったのだ。
  このことがあり、さすがの野郎共も今は大人しくしている、そうでなかったら今頃は伊達の人間も巻き
込んで賑やかになっているはずであった。
 元親がそんなことを考えていると、下の方で扉の開く音と、地に響くような渋い声が聞こえた。
「長曾我部、そこにいるのか?」
 元親が下を覗きこむと、小十郎がこちらに顔を上げている。
「なんだぁ、兄さん、政宗の具合がよくねえか?」
 元親が、声をかけてきた小十郎に心配げにそう答える。
「いや、そうじゃねえが、其処に上がってもかまわねえか?」
 小十郎が、自から元親に声を掛けるのは珍しい、元親は少しばかり戸惑いながら『かまわねぇけどよ』
と答えた。
 
「すまねえな、長曾我部」
 
小十郎は、見張り台に上がってくるなり、元親にそう言った。
「あぁ?、別にここに上がっていいのは俺だけって訳じゃねえよ」
 元親の返事に小十郎は少しだけ拍子抜けした顔になる。
「そうじゃねえ、政宗様のことだ、船を出すなり寝込んでしまわれて、俺がちゃんと管理できていなかった
せいだ、おめえのところの野郎共にも気を使わせてしまったなあ」
 元親はそんなことを言い出した小十郎に、目を丸くする。
「はぁ、なに言ってんだ兄さん、政宗が具合を悪くしたのは、兄さんのせいじゃねぇだろ」
 元親は小十郎の言葉に驚いたようにそう言う。
「いや、政宗さまの体調の変化に気付けなかった、俺が悪い」
  元親は呆れたように小十郎に言った。
「なんだぁ、兄さん確かにあんたは竜の右目だが、そんなことまで自分のせいにしなくてもいいじゃねえか、
政宗だって人間だ、具合が悪くなる時だってあらぁな、今回なんざ特に慣れてねぇ船の上なんだからしかた
がねぇ」
「しかし、今回船に乗ったのは政宗さまの急な思い付きだ、西の様子を探りたいなら忍びにでも任せたら
よいものを」
「まぁ、そらそうだがよぅ、・・・」
 小十郎の言葉に元親は少しばかり考え込んでしまう、政宗が最近やたらと外に出たがるのは、自分と知り
合ってからなのではないかと思う、宴席などで酒を飲みながらよく海の話を政宗にするからだ。
「なぁ兄さん、やっぱり一国の主がその地を留守にするのはあんまりいいことじゃねえよなぁ?」
 ポツリと元親が確認するように聞いた。
「ああ?まあそうだな、確かに戦かよほどのことが無い限りは、あまり動き回ってもらいたくはねえなあ」
 小十郎の正直な答えに、元親は苦笑いの顔になる。
「そうかぁ・・そりゃぁそうだよなぁ・・、なぁ兄さん、正直に教えてくれ。もしかしてだ、俺が政宗に
よくねえ影響を与えているんなら、はっきりともう奥州に来るなと言ってくれねぇか」
 小十郎は元親の言葉に驚いた。
「は?何を言ってやがる、なんでてめえが政宗様に良くねえ影響をと思うんだ」
 話の流れで何故そうなるのか解らないと、小十郎はそう訊く。
「いや、だってよぅ、政宗に俺が海や外の話をやたらするもんだから、今回みたいなことになるんじゃねぇ
かと思ってよ」
 元親の顔が少しばかり困ったような顔になる。
 それを見て、今度は小十郎が呆れるように言った。
「何を言ってやがる、まあ、確かにてめえと知り合ってから、外への関心が強くなったのはそうかもしれ
ねえが、我ら伊達は天下を取るつもりで動いているんだぞ、これくらいのことで揺らぐような軟な国じゃねえ、
てめえの方こそ、しょっちゅう国を抜けてるじゃねえか、いいのか?」
 小十郎にそう言われて元親は少しだけ考えると、顔をニヤリと歪ませた。
「はは、そう言われりゃあそうだなぁ、なんだぁ政宗が寝込んじまうなんてよ、今まで考えてもいなかった
から、ちぃっくとばかり焦っちまったんだ、俺が奴を引きずりまわしてんじゃぁねかと思ってよ」
 頭を掻きながら、それでもまだ少し困ったようにニカニカと笑みを作りながら元親はそう言った。 
 小十郎は『西海の鬼』と呼ばれながらも時折その風貌に似合わない気遣いを見せる元親を、時々愛おしい
と感じる時があるのだが、今が正にそうであった。
 自分の前で少しばかり小さくうな垂れている風の元親の頭を、ガシガシと手で撫でると、小十郎は普段は
言わない自分の思いを口にした。
「なあ、長曾我部、今日は特別に教えてやる、政宗様にとっておめえは、ダチであると共にもう少し深い
ところで何かをてめえに感じているのだと俺は思う、まあ元々他人とはあまり深い付き合いというものを
してこなかったせいもあると思うのだが、てめえほど身内でない人間が政宗様の近くにいたことは今まで
無かったんだ。てめえと居るときの政宗様はそりゃあ楽しそうな顔をしている、多分、伊達の人間でも
あんな顔をする政宗様を見た人間は少ねえかもしれねえ、」
 小十郎の思ってもいなかった言葉に、元親は驚きを隠せない顔をする。
「兄さん・・・」
「政宗様にとっておめえは暖かくて安心できる存在なのだろうな、そして俺も政宗様同様そう思う時がある」
「俺は、元は敵だった人間だぜぇ、そんなこと言ってもかまわねえのかぃ?」
 元親は、安心したように、だが確認するようにそう訊く。
 小十郎は、そんな元親に逆に訊き反えして笑う。
「ほう、ならまだ伊達を攻める気があるのか?きさま。」
 元親は、小十郎の顔を上目遣いに見ながら、
「・・そんなこたぁ・・・ねえけどよ」
と苦笑混じりに元親は答えた。

 少しの間、元親と小十郎は波の音を聞くように沈黙していた。
 だが元親が、気恥ずかしいような可笑しいような言い方で呟く。
「温かくて安心できる存在かぁ?俺ぁそんな風に思われてんのかぁ?・・はは・」
 元親の言葉に小十郎は少しばかり心外な顔をする。
「なんだ、俺の表現が気に入らねえか?じゃあ何か別のものに例えてやろうか?そうだな、あったかくて
安心できる物といったら・・・なんだ、・・布団・・か?」
 小十郎の妙な例えに元親は拍子抜けする。
「なんだそりゃぁ?俺ぁ布団かよ」
「ああ、今はそれしか思いつかねえ、なんだ、でかくて安心出来るんだから、おめえにぴったりじゃねえか。」
作品名:陽だまり 作家名:いちご 松林檎