ナイフケース越しの
「いいものをあげるよ」という言葉につられた訳ではない。断じて、ない。
あれが静雄に何かひとつでも有益なものを齎したことなど、未だ嘗て無かった。
静雄の携帯電話のバイブレーションを震わせたのは見たこともない番号で、あー畜生また 、と思いながらも、いやこれは先輩の知り合い筋から掛かってきたのかもしれないと、小鳥の羽根ほどの期待を寄せつつ通話ボタンを押してみて、しかし耳に流れ込んだのはやはりぶっ飛ばしたくなる声だった。実際その時隣にあったビルの壁をブチ抜いた。取り壊し予定のビルだ ったので問題は無いと思っている。
こちらが何かを話す前に向こうは一方的に時間と場所を告げ、最後に、「いいものをあげるよ」――誰が信じられるか?
直後、今度は本当にその先輩から掛かってきた今日の仕事内容を告げる電話に、険悪さを抑え込みつつ、済まないけれど夕方から暫し休憩を貰えないかと頼みこむと、先輩は気迫負けしたのか了承をくれた。単純に呆れている様子でもあった。手放しで人の良い、とまでは言えないが、懐の広く世間も広い先輩は、諭す口調でこう言った。
『静雄、お前行ったってひとっつも良い事ねえって分かってんだろ?』
「まあ、そうっすけど……」
未だ嘗てそうでなかったように、これからだってそうに違いない。が、もし仮にひとつだけ良い事の可能性があるとすれば、それは、あのうざったいノミ蟲を今度こそ沈められるということだ。その点ではあの男の言った言葉は正しい。
取り立てを一件片付けたあと――静雄の顔を見ただけで冷凍していたカードを三枚ほど解凍して目の前で金を用意した中年の男に対して特にこれと言った感慨も抱かず――、一度報告を入れると、その足で池袋の端へ向かった。
あれが静雄に何かひとつでも有益なものを齎したことなど、未だ嘗て無かった。
静雄の携帯電話のバイブレーションを震わせたのは見たこともない番号で、あー畜生また 、と思いながらも、いやこれは先輩の知り合い筋から掛かってきたのかもしれないと、小鳥の羽根ほどの期待を寄せつつ通話ボタンを押してみて、しかし耳に流れ込んだのはやはりぶっ飛ばしたくなる声だった。実際その時隣にあったビルの壁をブチ抜いた。取り壊し予定のビルだ ったので問題は無いと思っている。
こちらが何かを話す前に向こうは一方的に時間と場所を告げ、最後に、「いいものをあげるよ」――誰が信じられるか?
直後、今度は本当にその先輩から掛かってきた今日の仕事内容を告げる電話に、険悪さを抑え込みつつ、済まないけれど夕方から暫し休憩を貰えないかと頼みこむと、先輩は気迫負けしたのか了承をくれた。単純に呆れている様子でもあった。手放しで人の良い、とまでは言えないが、懐の広く世間も広い先輩は、諭す口調でこう言った。
『静雄、お前行ったってひとっつも良い事ねえって分かってんだろ?』
「まあ、そうっすけど……」
未だ嘗てそうでなかったように、これからだってそうに違いない。が、もし仮にひとつだけ良い事の可能性があるとすれば、それは、あのうざったいノミ蟲を今度こそ沈められるということだ。その点ではあの男の言った言葉は正しい。
取り立てを一件片付けたあと――静雄の顔を見ただけで冷凍していたカードを三枚ほど解凍して目の前で金を用意した中年の男に対して特にこれと言った感慨も抱かず――、一度報告を入れると、その足で池袋の端へ向かった。