千年桜に約束
『いざやさん、いざやさん』
立派に咲いた桜の木の下で、幼い声が鼓膜を震わせた。それはとても心地良く、自分には不釣合いなほど穏やかな気分になれる。
どうしたの?と声を掛けてきた幼子の前に屈み込むと、幼子は『あのね、』と笑った。
『ぼくがおっきくなって、りっぱなおんみょうじになったら』
ぼくのしきになってくれる?
こてんと首を傾げながら、柔らかな声を溢す幼子を前に、臨也は目を見開いた。
しかしそれはすぐに優しいものに変わり、丁寧な手つきで幼子の髪をくしゃりと撫でる。
式、とは陰陽師に使役する存在。数ある妖の中でも圧倒的な通力を持つ存在である臨也は誰もが“欲しい”と願っている。
だが臨也は生きてきた間、人間にとって気の遠くなるような時間、誰にも仕えることはなかった。
臨也にとって人間は観察対象、興味、それ以上でもそれ以下でもない。それなのに使役されるなんてもってのほかだった。
だから、
『…そうだね、帝人が俺の力を封じ込められるくらいに力をつけたなら、帝人に仕えてあげる』
だから自分からこんなことを言う日が来るなんて、臨也自身思ってもいなかった。
数ヶ月前に漸く着袴を済ませたばかりの、未熟で力もないに等しい子供。名前だけは酷く立派で、全く親は何を思って付けたんだかと思う。
でも、何故だか臨也には一つの予感があった。
この幼子にとってはずっと先、でも自身にとってはほんの先の未来で、自分はこの子の傍でこの子の為にこの力を振るうという、そんな馬鹿みたいな予感。
まさかとか、ありえないとも思う。けれどどうしてか、何時しかそんな日が来るだろうという、運命とも呼べそうな酷く優しくて甘い感情をこの幼子に抱いていた。
この子だけは邪険に出来ないし、傷つけることも憚られるのが理由の一つ。誰かにそんなことをされそうものなら全力で相手を壊したい気持ちもある。
そして何より、自分自身がこの子をとても気に入っていることが最大の理由だ。
『ほんと、ですか?』
『約束するよ、ほら』
指切りしよう、と臨也が小指を出せば、帝人はぱぁと笑って小さなそれを絡める。
『ゆびきりげんまん、うそついたら――』
はりせんぼんのます、ゆびきった
耳に馴染んだわらべ歌を歌い切ると、帝人はぎゅうと臨也の手を両手で包み込む。
酷く暖かい体温がまるで臨也の全身を覆っているような、そんな気分になる。この子供は本当に不思議だ。
『いざやさん、ぼくがんばりますね』
『うん、楽しみにしてるよ。だから早く立派になってね』
『はいっ』
えへへ、とふにゃりと笑う子供の前では、舞い散る薄紅の花弁も霞んでしまう。
そんな存在に対し酷く愛しさが溢れて、臨也も我知らず優しい笑みを漏らしていた。
そんな子供にとってはずっと昔の、俺にとってはほんの少し前の記憶が、ふと蘇った。
立派に咲いた桜の木の下で、幼い声が鼓膜を震わせた。それはとても心地良く、自分には不釣合いなほど穏やかな気分になれる。
どうしたの?と声を掛けてきた幼子の前に屈み込むと、幼子は『あのね、』と笑った。
『ぼくがおっきくなって、りっぱなおんみょうじになったら』
ぼくのしきになってくれる?
こてんと首を傾げながら、柔らかな声を溢す幼子を前に、臨也は目を見開いた。
しかしそれはすぐに優しいものに変わり、丁寧な手つきで幼子の髪をくしゃりと撫でる。
式、とは陰陽師に使役する存在。数ある妖の中でも圧倒的な通力を持つ存在である臨也は誰もが“欲しい”と願っている。
だが臨也は生きてきた間、人間にとって気の遠くなるような時間、誰にも仕えることはなかった。
臨也にとって人間は観察対象、興味、それ以上でもそれ以下でもない。それなのに使役されるなんてもってのほかだった。
だから、
『…そうだね、帝人が俺の力を封じ込められるくらいに力をつけたなら、帝人に仕えてあげる』
だから自分からこんなことを言う日が来るなんて、臨也自身思ってもいなかった。
数ヶ月前に漸く着袴を済ませたばかりの、未熟で力もないに等しい子供。名前だけは酷く立派で、全く親は何を思って付けたんだかと思う。
でも、何故だか臨也には一つの予感があった。
この幼子にとってはずっと先、でも自身にとってはほんの先の未来で、自分はこの子の傍でこの子の為にこの力を振るうという、そんな馬鹿みたいな予感。
まさかとか、ありえないとも思う。けれどどうしてか、何時しかそんな日が来るだろうという、運命とも呼べそうな酷く優しくて甘い感情をこの幼子に抱いていた。
この子だけは邪険に出来ないし、傷つけることも憚られるのが理由の一つ。誰かにそんなことをされそうものなら全力で相手を壊したい気持ちもある。
そして何より、自分自身がこの子をとても気に入っていることが最大の理由だ。
『ほんと、ですか?』
『約束するよ、ほら』
指切りしよう、と臨也が小指を出せば、帝人はぱぁと笑って小さなそれを絡める。
『ゆびきりげんまん、うそついたら――』
はりせんぼんのます、ゆびきった
耳に馴染んだわらべ歌を歌い切ると、帝人はぎゅうと臨也の手を両手で包み込む。
酷く暖かい体温がまるで臨也の全身を覆っているような、そんな気分になる。この子供は本当に不思議だ。
『いざやさん、ぼくがんばりますね』
『うん、楽しみにしてるよ。だから早く立派になってね』
『はいっ』
えへへ、とふにゃりと笑う子供の前では、舞い散る薄紅の花弁も霞んでしまう。
そんな存在に対し酷く愛しさが溢れて、臨也も我知らず優しい笑みを漏らしていた。
そんな子供にとってはずっと昔の、俺にとってはほんの少し前の記憶が、ふと蘇った。