お伽話の結末
握った指先はそのままに、ベットに入ることを促す。タクトは言われるがまま、柔らかな布団の中にうずまる。
「ごめん、スガタ。何か、ちょっと情緒不安定みたい」
「いいよ」
むしろ、そんな姿を見れたのが嬉しかった。タクトは喜怒哀楽がはっきりしているように見えて、その実、笑顔しか浮かべていない。スガタも他人のことは言えないが、自分のそれよりもタクトの方が余程巧妙だと思う。今見た泣き顔以外、記憶のなかの彼は笑顔しかなかったから。
「甘えてばかりで、ごめん」
「タクト……」
甘やかしたいのだと言ったら、タクトはどんな顔をするのだろうか。きっと二度と、甘えては来ない気がする。分からないように、気付かれないように、おそらく距離を置くだろう。だから、どうしても「甘えて欲しい」とはいえなかった。
「おやすみ、タクト」
「おやすみ、スガタ」
ゆっくりと指先を放す。そんなに長くは握ってはいなかったはずなのに二つの温度が馴染んでいて、放した途端、手のひらからぬくもりが溶けていく。
「―――、―――。―――……」
灯かりを消し、絵本を持って部屋を出て行く瞬間、耳が捉えた小さな呟き。振り返るが、声の主は背を向けて眠っている。
「綺麗な記憶で残るより、王子は人魚姫が生きることを望んだと思うよ」
きっと、自分がつけた傷を生涯抱えて生きていくならば、それは永久をともにする事と同じだから。
少なくとも、この名付けられた絵本の王子はそう思っている。
聞こえていなくても構わなかった。
残された者が自分のせいで悲しむ事すら愛おしいと思う、そんな傲慢な王子の戯言など聞かないほうがいい。
「おやすみ」
もう一度だけ呟いて部屋を出て行く。
どうか、彼が見る夢が良いものであるように。哀しい結末はお伽噺だけで充分だ。
手に持った絵本がやけに重たく感じた。
『人魚姫は、王子を殺そうと迷った自分が嫌だったんだ。綺麗なまま記憶に残りたかったんだ……』