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色褪せた手紙

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王宮の人間が持ってきた手紙に、彼は一瞬ぽかんとしたようだった。常ならぬその態度に手紙を持参した使いもまた居心地悪げに身じろぐ。手紙の宛名には、オベル離宮のシュレ様と記されていた。よくきちんと届いたものだ。おそらくは商隊や貿易船など様々な者の手を伝って届いたのだろう。手紙の封書は皺が寄り、濡れて紙がよれ、染みが沁みていた。商売のついでに手紙や荷物を預かる仕事はよく聞くが、どうやらよほど安い報酬で依頼したに違いない。預けられてから時間が経ったことを表している。
それに、そもそも彼の名前を封じられたものだった。オベル王宮の者も、彼のことは離宮の方だとか離宮の御方という言い方をする。王家のものは先生だとか師匠と呼ぶ。つまり彼は離宮の客人であり、そういう役目を担っているのだった。街へ買い物に出ても、別段名前を要求されることはない。顔は覚えられない方がよい。覚えられれば、暫くは寄り付けない。……店主の代が変るくらいまでは。
だから、使いの者も彼の名前を初めて知った位のものだろう。そして、彼の名前を封じたのは彼自身だった。その本人に、封じられたはずの名前が書かれた手紙を渡す。封印の理由は知らない故に、恐らくとても居心地が悪いに違いなかった。
何より、封書の封は一辺でばさりと切られ落とされていた。封印は、完全に切られていた。つまり内容を改められたということだろう。おそらく宛名が誰を、何を指し示すのか事務官がわからなかったに違いない。離宮の、と言えばだいたい彼が思い浮かぶだろうが、見知らぬ名前に古びた手紙は不審を抱かせるのに充分だったと予想できた。たぶん、王家の誰かが手紙と宛名の話を聞いて、救ってくれたに違いない。王家の人間は、彼の封じられた名を知っていた。
そして、外部で彼の名前と消息を知っている人間の意味も、知っていたのだ。今この時に、彼にこの手紙を書ける人間は、稀有だ。まさか彼自身、手紙が届くなんて予想だにしていなかった。
だから、開封の非は笑って許した。礼を言い、彼は手紙を受け取ると使者を下げた。だいたい、手紙ならそこまで大事なことが書かれているとも思えなかった。それこそ破損や紛失の危険が幾らでもある。よくもまあ、馬鹿正直に離宮のシュレ様だなんて書いたものだ。これで届いたのが奇跡のようなものだった。オベル王室が開放的な気質で良かったな、と手紙に語りかける。まあ、手紙の出し主はそういうそそっかしいところがあってこそ可愛いのだけど。
そして離宮にはまた彼だけが残る。仕方ないことだ。離宮とは言ってもここは遺跡に近い立ち入り禁止区域で、宮殿のような華々しい建物ではない。人ひとり生活するのに不自由が無い程度に設えられた、彼の部屋と訪問者のための部屋がある程度のこざっぱりした建物だ。周囲には遺跡の方から這い出した緑が溢れ、しかし開けた丘になっている。絶壁から見える群島の海は素晴らしかった。魔物の露払いは必要だが、遺跡の隅を抜ければ王宮を通らず市外にも出られる。だが静かだ。
そういう一人の空間で、彼は懐かしい手で書かれた封書から手紙を引っ張り出す。中の手紙も、封筒と同じく染みと皺が寄りパリパリになっていたが、文字は汚れていなかった。意外と肌理の細かい紙はかなり上質で、こんな紙を使えるなら預ける報酬も弾んでやれば良かったものを、と思う。だが、微笑んで手紙を読み進める彼の顔は、次第に困惑と険しいものへ変わって行った。

シュレへ
久しぶりだな。手紙を出したらどうだと言われて、そういう頭が無かったもんだから、成程と思って書くことにした。届くかは知らないが。
これを読んでいるということは、お前の元に届いたという事だろうから、俺は運が良いのかもしれない。半分運試しのようなもんだし。
シュレは元気にしているか。俺は、今、幸せだ。友達が出来て、家族と同じに接してくれる人がいる。お前は俺に幸せになれと言ったが、たぶん今が幸せなんだろう。だからお前との約束はちゃんと果たしたよ。それを伝えたくて、手紙を書いた。あの時は、ありがとう。
なあシュレ。お前は、紋章が誰に引き継がれるのか、次を知ってるか。前の継承者の夢を見るなら、次を教えてくれてもいいのになと思うよ。今ならお前と腹割って話せそうな気がする。もしも機会があれば、な。変なこと書いてすまなかった。
俺は今、赤月帝国の首都に居る。お前もたまには外の世界を見ろよ。群島で日干しになってんじゃねえよ。
それじゃ元気で。長生きしろよ。

作品名:色褪せた手紙 作家名:ゆきおみ