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一晩の過ち(R15・暴力描写あり)

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最近セーシェルとよく目が合う。今もだ。
パーティ会場で絡み合った視線に俺は自分から視線をはずした。
「おい、それを一つくれ」
ボーイを呼び止めてワイングラスを手に取った。ピンクダイヤモンドの液は、頭上のシャンデリアの光によって薄い皮膜を作り、奥にある八重桜を隠していた。
女が、セーシェルが喜びそうなワインだ。
ゆらゆらと淡く漂うそれに、ふっとなにか腹のそこから笑いがこみ上げる。わざとかき回し頼りないそれを渦の中に押しやる。乱暴に扱ったことで芳醇な香りを漂わせた。誘われて飲み干すと見た目とは裏腹のアルコール度数の高さに喉が焼ける。
「すまないが、こっちを見てるいる奴にそのワインをやってくれ」
ひどく曖昧な指示だった。だがボーイはすぐに誰かわかったのか、畏まりましたと応じた。やはりまだセーシェルはこっちを窺い続けていたんだな。
「なにか言葉をお伝えしましょうか?」
相手が女だとわかると、ボーイはそれが今夜のベッドへの誘いかなにかと思ったらしい。意味ありげに口角をあげてみせた。
「よく似ているんだ」
そのワインを顎でしゃくるとボーイは一瞬だけ不思議そうな顔をした。
「渡すだけでいい。俺からだっていうなよ」
背中に向けられた焼き焦がすな視線をこんな風に巻いて、人の波に消えた。



部屋に戻っても酩酊感は訪れなかった。なかなかアルコール度数の高かったワインだというのに。夜毎浴びるように飲めば、そうなるもの不思議ではないなと俺は部屋の中に転がっている酒瓶を眺めた。ラベルを眺めていると、いくつかは飲み頃になる前に栓を開けてしまったことに気づいた。もったいないとも仕方ないとも思い結局は後者が勝った。それほどまでに欲していたのだ。
そう欲していた。 
今しかチャンスがないと愚者は囁き、しかし賢者はもっと熟してから手を出すべきだという忠告する。けれど、それは結局の所身の内にいる獣を注意を引く行為だけだった。愚者と賢者(理性)がどのように論を戦わせようとも、獣(本能)はどちらがより旨いのかと舌ずりをしているだけだった。
目の前にあるのは愚かなまでの贄だった。
獲物は無意識に放たれるいっそ無邪気とも呼べる芳香で男を誘っていた。パーティで独りほっといておけば、これを機とみて男達は群がりアルコールを勧める。男達の浅はかな計略にあいつは驚くほどに無防備だった。
「ちっ」
まさか、さきほどのワインに口をつけていないだろうな。
アルコールによって引き起こされたあの晩の出来事からなにも学習していないわけが、
「くそっ」
瞬時に体が沸騰した。自分がそう仕向けたというのに。乾いた音がした。痛みを感じ、そこでやっと苛立ちまぎれに壁を叩いていた。頭をかきむしり忘れろと念じる。そうする他ないはずだ。なぜに俺はセーシェルを。
思考の波にさらわれそうに鳴った時なにか物音がした。空耳か。ちがう、控えめなまるで気づかれることを恐れるようなそんなノックだった。インターフョンがついているのに、なぜ。その間抜けさに一人の人物が浮かび上がる。
「入れ」
インターフォン越しに命じたが、じっとカメラを見つめるばかりで中に入ろうとはしなかった。何の用だ、そう詰問したいのにそうした所で用事を済まして立ち去るのかと考えると何も言えずついには勢いづけてドアを開いた。
そこに居たセーシェルは頬を赤らめ熟れていた。飲んでいた。蒸気した肌は普段なら絶対に漂わせない色気を感じさせる。パーティドレスを身に纏い髪をアップしたことで丸裸にされた首筋がよく目についた。
「なんの用だよ」
さっさと追い返そうと、普段よりも数段冷たい声を出した。意識して出すと自分でも気づかなかったが酷く冷淡で平坦な声に、そうかこんな声も出せるのか頭の片隅で思った。他者に向けてこんな声を出すのは百年単位のことだった。
「また飲んでいるんですか?」
あなたの意図を解す気はまったくないんですよ、とセーシェルの強い瞳は言った。だからどうなんだ。それをおまえは咎めてどうするつもりんだ。こいつがなにを考えのかわからない。それが一層イラつかせる、その首に手をかけてやろうか。
「帰れ」
「嫌です」
間髪をいれずにそう答えた。だったらどうしたいんだよ、おまえ。低く唸って警告を出した。これ以上、近づくならわかっているだろうな。全部壊してやる。セーシェルは俺の質問には固く口を閉ざしたままだった。きゅっと力を入れすぎた唇は、赤い。あぁそうか。それならいい。
「……フッ」
嗤ってしまう。俺もお前も。どっちか愚かなのか確かめてみるか。なぁ、セーシェル?
「……おまえのせいで酔いが醒めちまったじゃねぇーか」
「もう飲まないでください」
お願いですと、セーシェルは俺に小さく懇願した。だったら。
「なら体でも張ってとめろよ」
えっとセーシェルがアホ面晒して驚くので、その警戒がゆるまった一瞬をついて引っ張った。似合わないヒールを履いていた、だから簡単に体勢崩すんだ。そんな娼婦みたいな赤い靴は、さっさと脱がしてしまえ。
「な、なにするんですかっ!」
まぬけが抗議をあげた時にはもうすでに腕の中に捕まっていた。しかもロックをされた部屋の中でどうやって逃げるつもりなんだ。
「やっ」
勢いそのままに押し倒すと、動きを封じるために骨盤の辺りに乗ってやる。
「んんっ」
細くて柔なガキのそれに全体重をかけるわけにもいかない。ちゃんと手加減してやってるんだ、おいおいそんなに苦しそうな顔するなよ。
「どいて、ください……」
暴れる手を捕まえて床に叩きつけてやる。そして、履いたままの靴を上にいた。セーシェルの顔が赤くゆがむ、だろうなっ。こんな侮辱的な態勢は、俺だったら嫌だな。俺はお前に欲情しているわけじゃないんだ。だから、両手を束ねてお前の顔を覗くなんてことしてやらねーよ。俺はこの見下ろす体勢がいたく気に入った。空いた両手で丁度よく床に転がったワインを手にとり、封を切る。
「旨いな」
この光景のせいか、酩酊感さえもなにも感じなかったワインが舌を喜ばせた。なぁ、お前は俺の脚の間から見てろよ。この光景を。
「なんだよ、その目は」
ワインを片手に見下ろしやってるのに、こいつの眼は光を失っていなかった。
「一体、いつまでそうやってお酒に逃げるんですか?」
うるさい。
「イギリスさんがしていることは、ただの自滅行為ですよ」
だまれ。
「私みたいな小娘を見下してなにを誇らしげになっているんですか?ばかじゃないですか?」
「てめぇ」
「どけっ」
セーシェルはいつもの口調を殴り捨ててそう命令した。それは俺にとってちょっとした衝撃だった。あのセーシェルが?いくらの口が悪くても、こんな他人を冷たく突き放す声を出すのか。
「どけっつってんです!!!」
刃先を突きつけられたような威圧に一瞬俺は息を飲んでしまった。穏和天然でよもすれば、トロそうなその顔は殴り捨てられ、怒りに顔がゆがんでいた。俺を退けようと命令する瞳は、爛々と燃え盛り見る者すべてをひれ伏させる王者のそれだった。
「……く、ははっはは」
「何を嗤っているんですか」
これが嗤えずにいたら、いつ笑うというんだ。険を深めるその様子に俺はますます嗤いが止まらない。なぁ、こんなにゾクゾクする他に光景があるか。
「くっ」