鉄の棺 石の骸番外8~水魚の交わり~
1.
疑っていた訳ではない。
そもそも、「不動遊星」は既にこの世にいない人物。そんな彼が、全盛期のころの肉体を持ってこの世に現れるはずがない。
ましてや、機皇帝に襲われている人々を救うなんて無理な話だ。
しかし、機皇帝から自分を救ってくれた彼は、紛れもなく本人だ。アンチノミーは確信していた。
不動遊星のことは、今までに書籍や映像ソフトなどを繰り返し見ている。あの中での彼の雰囲気と今の彼の雰囲気は、筋金入りのファンの目から見ても、他人とは思えないくらい一致していた。
《シューティングスター・ドラゴン》が使えることも、彼が彼である何よりの証拠だった。
だから、「彼」の正体を疑っていた訳ではない。断じてないのだが……。
ある日、アンチノミーは気づいてしまった。
『遊星さん。長旅でお疲れでしょう。部屋を用意しておきましたので、どうぞお使いください』
『――ありがとう』
ヘルメットに隠された、彼の横顔。
その横顔から見える彼の表情が、いつもの彼と違うような気がしてしまったのだ。
何かこう、遊星よりも若干柔らかいような。
それからのアンチノミーの行動は、早かった。
遊星の滞在している部屋に押しかけた。ドアをノックして、失礼な行為ではあるが、相手の了承を得ずにドアを開けてしまった。
そうでもしないと、きっとごまかされてお終いにされそうだと思ったからだ。
アンチノミーの企みは成功した。
「……!?」
「君は……!?」
慌てて被ろうとしたのか、ヘルメットを手に取ったままこちらを向いて固まっている「彼」が、そこにいた。
「彼」の顔の右半分は、金属の仮面のようなもので覆われている。それにアンチノミーが絶句していると、
「……あなた、手が早すぎですよ」
「彼」はヘルメットを被るのをあきらめた。そのままだと何だから部屋に入れとアンチノミーに促す。
そして、今に至るのだ。
この部屋には他に座るところがなかったので、二人はベッドに腰かけている。
いつもの「遊星」と違う彼は、自らを「Z-one」と名乗った。
「えーと。つまり君は、自分の身体に「不動遊星」の人格データをコピーして遊星になったってことで、いいのかな?」
「信じられない、と思いますか?」
「いいや。何か、凄まじいなって……」
Z-oneの目的は、遊星として度々語っているのを聞いているので、アンチノミーはよく知っている。それよりも、そこまでして目的を果たそうとする人間がこの世にいたことが信じられなかった。
人格データをコピー云々は、何故かすんなり信じられた。思い返せば、今までの彼の言動は、遊星を手本にしてなりきったのではありえない一致ぶりだったからだ。
「私の話を聞いてくれる人は、こうなる前はただ一人としていませんでした。だから、かつての英雄の力を借りたら誰か一人くらいは話を聞いてくれる人がいるかもしれない。そう思ったのです。後は……」
Z-oneは、頬を僅かに染め、照れくさそうに付け加えた。
「後は、……個人的にすごく好きだったから、ですね。一ファンとして」
「あ、君もファンなんだ」
「君もってことは、もしかしてあなたも?」
「うん。僕は彼に憧れてD-ホイーラーになったんだ」
「それは素晴らしい。私は、決闘者の道には進みませんでしたが、彼の決闘は全て覚えていますよ。――それはとにかくとして。私は結果的にあなたを騙した形になりますね。怒りますか?」
「怒らないよ。大体、僕はこんな世の中でも戦い続けている君について行きたくて、今ここにいるんだよ? 中身が遊星でもそうじゃなくても、君が僕を助けてくれたのは事実なんだ」
彼について行きたい。その気持ちは、彼の正体を知った今でも変わらないのだ。
「でも、どうしてみんなに隠していたんだい? ヘルメット被りっぱなしにまでなって」
「隠すつもりはありませんでした、最初のうちは。むしろ、私の成り立ちを知りたい人には進んで知らせていたくらいです」
最初、Z-oneは自分の成り立ちをわざわざ隠そうとはしていなかった。死んだはずの「遊星」の復活に疑問を抱いた人間にのみ、「遊星」の成り立ちを教えていた。
『――ぬか喜びさせやがって、このなりきりめ!』
その結果が、Z-oneへの強烈な罵倒だった。
不動遊星は死んでもうこの世にいない。誰でも冷静に考えればすぐに分かる事実だ。
しかしこの世には、その事実を冷静に受け止められる人間もいるし、感情的にしか受け止められない人間もいる。後者の人間がその事実を知った時、その多くが抱くのは彼への幻滅だ。
機皇帝の度重なる襲来に、藁をもすがりたい気持ちで「遊星」に頼って来たのなら尚更だ。
しかし、この調子で遊星について来る人が減れば、人類の救済には更に膨大な時間が必要になる。だから、Z-oneは成り立ちを明かすのを止めたのだ。
「勝手な人間も、この世にいるんだね」
「そういう類の人は、「彼」としての意識が表に出ている時であれば、クリアマインドを披露するなり、決闘するなりして説得できます。ですが、今のあなたのように、「私」の意識が表に出ている時に問い詰められると、どうしようもありません。二人でほいほい入れ替われるほど私、まだ慣れていませんから」
「彼」の決闘は、アンチノミーも見たことがある。機皇帝のいる今、危険な行為でもあるが、人々の説得に必要ならばと決闘で語る方法もZ-oneは使っている。
「私の中に存在する人格データは、先ほど説明した通り、確かに彼自身の物です。だからこの身体で、《シューティングスター・ドラゴン》も使えます」
「じゃあ、自分は本物だって言えばよかったじゃないか。本当のことなんて、ずっと黙ってればよかったじゃないか」
「いいえ。これが私本人の身体ということと、私の人格も残っているということでは、偽物だと言われたって文句は言えませんよ」
いっそのこと、自分の人格を完全に消去し、全ての領域を明け渡すことも可能ではあった。そうすれば、名実共にZ-oneは「遊星」になれたかもしれない。
しかし、身体に宿っていた元々の人格を消去すれば、何らかの不具合が出る恐れがある。それに、目覚めた「遊星」に事情を説明しておかなければ、パニックになって世界を救うどころではなくなるだろう。
「君は、正直過ぎるよ、Z-one……」
「そうですか? 今でもそこは変わらないのですね、私は」
自分を捨てて、英雄になった今でも。
疑っていた訳ではない。
そもそも、「不動遊星」は既にこの世にいない人物。そんな彼が、全盛期のころの肉体を持ってこの世に現れるはずがない。
ましてや、機皇帝に襲われている人々を救うなんて無理な話だ。
しかし、機皇帝から自分を救ってくれた彼は、紛れもなく本人だ。アンチノミーは確信していた。
不動遊星のことは、今までに書籍や映像ソフトなどを繰り返し見ている。あの中での彼の雰囲気と今の彼の雰囲気は、筋金入りのファンの目から見ても、他人とは思えないくらい一致していた。
《シューティングスター・ドラゴン》が使えることも、彼が彼である何よりの証拠だった。
だから、「彼」の正体を疑っていた訳ではない。断じてないのだが……。
ある日、アンチノミーは気づいてしまった。
『遊星さん。長旅でお疲れでしょう。部屋を用意しておきましたので、どうぞお使いください』
『――ありがとう』
ヘルメットに隠された、彼の横顔。
その横顔から見える彼の表情が、いつもの彼と違うような気がしてしまったのだ。
何かこう、遊星よりも若干柔らかいような。
それからのアンチノミーの行動は、早かった。
遊星の滞在している部屋に押しかけた。ドアをノックして、失礼な行為ではあるが、相手の了承を得ずにドアを開けてしまった。
そうでもしないと、きっとごまかされてお終いにされそうだと思ったからだ。
アンチノミーの企みは成功した。
「……!?」
「君は……!?」
慌てて被ろうとしたのか、ヘルメットを手に取ったままこちらを向いて固まっている「彼」が、そこにいた。
「彼」の顔の右半分は、金属の仮面のようなもので覆われている。それにアンチノミーが絶句していると、
「……あなた、手が早すぎですよ」
「彼」はヘルメットを被るのをあきらめた。そのままだと何だから部屋に入れとアンチノミーに促す。
そして、今に至るのだ。
この部屋には他に座るところがなかったので、二人はベッドに腰かけている。
いつもの「遊星」と違う彼は、自らを「Z-one」と名乗った。
「えーと。つまり君は、自分の身体に「不動遊星」の人格データをコピーして遊星になったってことで、いいのかな?」
「信じられない、と思いますか?」
「いいや。何か、凄まじいなって……」
Z-oneの目的は、遊星として度々語っているのを聞いているので、アンチノミーはよく知っている。それよりも、そこまでして目的を果たそうとする人間がこの世にいたことが信じられなかった。
人格データをコピー云々は、何故かすんなり信じられた。思い返せば、今までの彼の言動は、遊星を手本にしてなりきったのではありえない一致ぶりだったからだ。
「私の話を聞いてくれる人は、こうなる前はただ一人としていませんでした。だから、かつての英雄の力を借りたら誰か一人くらいは話を聞いてくれる人がいるかもしれない。そう思ったのです。後は……」
Z-oneは、頬を僅かに染め、照れくさそうに付け加えた。
「後は、……個人的にすごく好きだったから、ですね。一ファンとして」
「あ、君もファンなんだ」
「君もってことは、もしかしてあなたも?」
「うん。僕は彼に憧れてD-ホイーラーになったんだ」
「それは素晴らしい。私は、決闘者の道には進みませんでしたが、彼の決闘は全て覚えていますよ。――それはとにかくとして。私は結果的にあなたを騙した形になりますね。怒りますか?」
「怒らないよ。大体、僕はこんな世の中でも戦い続けている君について行きたくて、今ここにいるんだよ? 中身が遊星でもそうじゃなくても、君が僕を助けてくれたのは事実なんだ」
彼について行きたい。その気持ちは、彼の正体を知った今でも変わらないのだ。
「でも、どうしてみんなに隠していたんだい? ヘルメット被りっぱなしにまでなって」
「隠すつもりはありませんでした、最初のうちは。むしろ、私の成り立ちを知りたい人には進んで知らせていたくらいです」
最初、Z-oneは自分の成り立ちをわざわざ隠そうとはしていなかった。死んだはずの「遊星」の復活に疑問を抱いた人間にのみ、「遊星」の成り立ちを教えていた。
『――ぬか喜びさせやがって、このなりきりめ!』
その結果が、Z-oneへの強烈な罵倒だった。
不動遊星は死んでもうこの世にいない。誰でも冷静に考えればすぐに分かる事実だ。
しかしこの世には、その事実を冷静に受け止められる人間もいるし、感情的にしか受け止められない人間もいる。後者の人間がその事実を知った時、その多くが抱くのは彼への幻滅だ。
機皇帝の度重なる襲来に、藁をもすがりたい気持ちで「遊星」に頼って来たのなら尚更だ。
しかし、この調子で遊星について来る人が減れば、人類の救済には更に膨大な時間が必要になる。だから、Z-oneは成り立ちを明かすのを止めたのだ。
「勝手な人間も、この世にいるんだね」
「そういう類の人は、「彼」としての意識が表に出ている時であれば、クリアマインドを披露するなり、決闘するなりして説得できます。ですが、今のあなたのように、「私」の意識が表に出ている時に問い詰められると、どうしようもありません。二人でほいほい入れ替われるほど私、まだ慣れていませんから」
「彼」の決闘は、アンチノミーも見たことがある。機皇帝のいる今、危険な行為でもあるが、人々の説得に必要ならばと決闘で語る方法もZ-oneは使っている。
「私の中に存在する人格データは、先ほど説明した通り、確かに彼自身の物です。だからこの身体で、《シューティングスター・ドラゴン》も使えます」
「じゃあ、自分は本物だって言えばよかったじゃないか。本当のことなんて、ずっと黙ってればよかったじゃないか」
「いいえ。これが私本人の身体ということと、私の人格も残っているということでは、偽物だと言われたって文句は言えませんよ」
いっそのこと、自分の人格を完全に消去し、全ての領域を明け渡すことも可能ではあった。そうすれば、名実共にZ-oneは「遊星」になれたかもしれない。
しかし、身体に宿っていた元々の人格を消去すれば、何らかの不具合が出る恐れがある。それに、目覚めた「遊星」に事情を説明しておかなければ、パニックになって世界を救うどころではなくなるだろう。
「君は、正直過ぎるよ、Z-one……」
「そうですか? 今でもそこは変わらないのですね、私は」
自分を捨てて、英雄になった今でも。
作品名:鉄の棺 石の骸番外8~水魚の交わり~ 作家名:うるら