嘘吐き
「さようなら、ビートブード。それと…ごめんなさい」
静かにスリープモードに入った弟の姿を見て、クワンガーは涙を零した。「さようなら」と言っても、二度と会えなくなる訳ではない。それが、余計に辛かった。
彼が所属する第17精鋭部隊隊長であるシグマは、クワンガーに声をかけていた。
「レプリロイドの未来を考え、反乱を起こそう」と。クワンガーは、シグマの言っている事の裏を見ていた。「正義感の強いハンターが自分を捕える為に成長する。その姿がみたい」と。彼自身もそのハンターに興味があった。それに、隊長の命令に逆らえばイレギュラー認定されてもおかしくない。従ってもイレギュラー。どの道、彼はイレギュラーになると決められていた。
月明かりに照らされる弟の柔らかい頬を撫でる。もう、次に会う時は敵同士。
「もう…最後ですし」
小さく呟き、クワンガーは自らの唇に指を当てた。その指を動かして、ビートブードの唇をそっとなぞる。今まで、兄弟だからと抑えていた。それでも、クワンガーはビートブードの事が大好きだった。弟としても、恋愛対象としても。
「ごめんなさい、ビートブード。貴方に尊敬されていたブーメル・クワンガーは、もういません」
イレギュラーを狩り、隊長にも信頼された兄は、もういなかった。今ここにいるのは、実の弟を恋愛対象としても愛する異端者。その上、その弟の敵である存在、イレギュラーだった。
「…会いに、来てはいけませんよ。ビートブード」
この幸せそうな寝顔の持ち主は、何の夢を見ているのだろう。それを思いながらも、クワンガーは窓を開けてバルコニーへ出た。
「…会いに来たら、私は…抑えませんから」
窓を閉めながら口元に笑みを浮かべ、クワンガーは忍者の様な跳躍で隊長に呼ばれた場所へ赴いた。