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Chillyditty Of February―記憶―

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【前編】


 鉛色の空の下、肌を刺すような大気に満ちた街中を1人ぼんやり歩く。
 ふらふらとおぼつかない足取りである自覚はあった。たまにすれ違う人とぶつかりかけていることも。
 それでも、足は止まらなかった。白い息を吐きながら往来を歩いていく。

 ……どれぐらいそうしていたのだろう。夢から引き戻されでもしたように不意に我に返り、寒さに震えていたはずの体が寒さを感じなくなっているのに気づいた。そこでようやく足も止まる。
 片腕で冷たい自分の体を抱いて、つと――身体が凍り付いてしまった――そう頭をよぎった。
 冗談の類ではない。本当にそうとしか思えないほどに、冷たさしか感じなかったのだ。……しかし、目の前にひらり舞い落ちてきたなごり雪を手で受けてみると、すぐに溶けて指先をすべり落ちていく。

 つまらない思い違い。

 自嘲の笑みのひとつでも浮かべたかったが、顔はぴくりとも動かせなかった。この身体が凍えきっているのは間違いないのかもしれない。
 雫の軌跡が残った指先を見つめる。


(自分は何をしたいんだろう――)


 わからなかった。何か吐き出したいほどこみ上げてくるものがある気がするのに、口は淡々と呼吸を繰り返すばかりで何の思いも言葉も出てこない。
 言葉を――声を失ってしまったんだろうか。


「……あ……」


 思った直後、小さな声が口をついて出ていた。
 立ち止まったすぐ側の建物の壁。それと石畳の隙間から、一輪のタンポポが咲いているのに気づいたのだった。春先に別の場所で見たのとは違って、若干小ぶりな――だが懸命に咲いている花――。
 が、その黄色の花弁の上にはにわかに雪が積もり、タンポポは重そうに寒風に揺られていた。
 さっきまでの雪がひと時積もっているだけだろうが、それはあまりにも重たげで。膝をついて花へ手を伸ばした。

「本当はいけないんだろうけど、今回は俺が手伝ってあげるから」

 だから頑張るんだよ。そうひっそりつぶやいて、雪を払う。
 直後だった。


 ――どんっ!


 人が通りすがっていく気配と衝撃。バランスを崩して石畳へ手をつきながら――誰かがぶつかった――すぐに察する。
 端とはいえ、人通りのある往来にしゃがんでいてはぶつかられるのも仕方が無い。振り返って謝罪しようとした。
 そして……発するはずだった言葉を、静かに飲み込んだ。

 もう、誰もいなかったからだ。

 少し遠くにいる人の波を探せば、いるのかもしれない。だが、ぶつかった人がどんな人だったのかなどわかるはずも無い。周りの人間も、何も気に留める様子もなく通り過ぎていく。
 この寒い2月の街中に、1人で取り残された気分だった。

(1人……)

 本当は1人なんかじゃなかった。1人になんてなりたくなかった。
 だけど――


「……♪……――♪……」


 音を、紡ぎだす。心の中に強く焼きついた音色を、一音一音、丁寧に再現する。
 大切な音。大切な歌。
 『あの人』が大切だといってくれた、自分の声で――


「……♪……、♪……♪…………」


 ゆっくり立ち上がりながら赤茶色のレンガの壁に手をつき、歌った。
 最初はささやかな声で。
 そして次第に大きくなった声は、やがて搾り出すだけの声に変わっていく。

 まるで――音色に、すがりつくように。