な忘れそ
そうだ、と麒麟は言った。そのくちびるは笑んでいた。そのくせ、目はまったく笑っていない。膝をついたそのときから、麒麟は王のものだ。次の瞬間、黒麒の姿がその場に崩れ落ちた。キィ、と女怪が三度泣いた。助け起こさねばならぬ。それを聞いてそう思うが、己のてのひらは王の血で汚れきっている。しかしこの血の海に麒麟を浸しておくわけにもいくまい。諦めて衣で麒麟を包もうかと、そう思ったときであった。
……御前を離れず、
雷で撃たれたが如く真田の心臓が波打った。掠れ切った麒麟の声は聞き取りにくかったが、なぜかその言葉は真田の血液に入り込みからだ中に沁み渡った。
御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申しあげる。
血の海に叩頭している麒麟はそう言ったきり動かない。真田もまた息を飲んだまま、床に広がる彼の黒い鬣に見入った。この誓約に、なんと返せばいいのか真田は重々承知している。許すと一言、言えばいい。その瞬間からこの麒麟は、この国の玉座は真田のものだ。この血まみれのなりでか。それは自嘲であったが、麒麟がそう言うのであればしょうがない。
御正気か。念のため真田はそう麒麟に問いかけた。彼は答えない。自明であるからである。真田はふと窓の外を見やった。暗い夜である。そこに波打つ雲海を、その下の、荒れ始めた国の様子を思った。ひとたび目をつぶり、眉間を揉んだ。私怨で王を誅殺した男を次代の王にするというのか。それが真田の罪だというのならば、これはこの麒麟の罪である。……某を王になさったこと後悔なさいませんよう、もし二代続けて無能な王を選ばれたときは、そのお命頂きまするぞ。低く、低くそう麒麟に言って寄越すと、そこで初めてそのからだが小さく身動きした。血の海から上がった顔は無残である。真っ赤に染まった顔を歪めて真田の麒麟は、つべこべうるせえ、いいから許すって言えと吐き捨てた。