My home2
My home Ⅹ
ただ原因だけが明白だった。 私が下らない嫉妬をして、おまけに子どもみたいにそれを表に出したのがいけなかったのだ。 そして、その挙句に許してくれたフランシスさんに謝らなかったから怒ってしまったんだろうか。
なんだかよく考えてみればそんな気がした。 そうだ、だって結局のところ私が勝手に嫉妬してフランシスさんを置いて何処かに行っただけで冷静になってみれば彼は何も悪くない。 自分の行動を振り返って突然気づいた、お前は子供か。 そりゃあ自分は何も悪くないのに置いて行かれて、寛容な心で許して外で待ってたのに待ち人がプレゼント持って帰ってきたら怒るに決まっている。 私の馬鹿、本当に馬鹿すぎて涙が出そうだ。
「どっ、どうした!?」
ガタっと椅子を後ろに吹き飛ばして立ち上がったルートさんがごしごしと肉が削げるんじゃないかと思うくらい強く私の頬を擦った。 その手が頬の上を肉ごと移動する度に濡れた感触が広がる。 泣きそうと言うか、いつの間にか本当に泣いていたらしい。 心配そうに大きな身体を屈めて私を覗き込むルートさんを安心させる為に流れ出しそうな鼻水をずずっと大きな音を立てて啜り、目を擦って笑ってみせる。
どうやらその笑顔はちっともルートさんを安心させなかったようだが、気づかない振りで更に重ねて言ってみた。
「大丈夫です、すみません」
「そうか……。 それならいいがその、俺には相談できないような内容の喧嘩なのか?」
言い難そうなルートさんの顔は本当に悲しそうで、本当に私を思ってくれてるのだと思う。 それだけでフランシスさんに嫌われていたらどうしよう、もう帰ってこなかったらどうしようと嫌な想像ばかりが逞しく駆け巡る私の心を暖めてくれた。
「私が勝手に機嫌を悪くして一緒に出掛けたフランシスさんを置いて帰ったから、怒られちゃっただけです。 でも、探して謝ってみるから大丈夫です」
「そうなのか? そんな風には思えなかったが……」
「え、何がですか?」
そんな風に思えなかったって、なんだ。 首を傾げた私を見て、ハッとした顔でルートさんは勢いよく大きな手で口を塞いだ。 と言うかむしろ、口を叩いたと言うのが正しいと思う。 そして焦ったように視線をそわそわと彷徨わせる。 これは怪しい、どう見ても明らかに。
「いや、あっなっなんでもないんだ。 それよりも、もう遅いから今日は家に帰ったらどうだ?」
「なんで急にそんなこと仰るんですか。 それにフランシスさんを見つけるまで家には帰らないって決めたんです」
「夜中になっても見つからなかったらどうするんだ、危ないだろう? 送るからもう家に帰ろう」
そう言って私の手を掴み無理矢理に立たせようとするルートさんに足を踏ん張って抵抗するが、元々の体格差もあり直ぐに身体は浮き上がってついでとばかりに引かれるまま固い胸板に飛び込んだ。 鉄板のような筋肉にぶつかって酷く痛むおでこと鼻を撫でながらジト目で睨むと、気まずそうに目を逸らされた。
「すっ、すまない……でも抵抗するお前が悪いんだぞ。 ほら、送っていくから」
ぐいぐいと背中を押されて仕方なく歩き出すが、歩きながら尋問してやると心に決めた。 何か知ってるに違いない。
お金を払ってお店の外に出てから逃げられないようにルートさんの手を握る。
「菊?」
「それで、なにがそんな風には思えなかったんです?」
にっこり笑って言ってやると不思議そうにしていたルートさんの表情が凍った。 私から離れようと慌てた様子でもぞもぞする手がしっとり湿ってきた。
それにしても、本当に嘘が吐けない人だ。
逸らされた顔を覗き込むように正面に出てぐっと背伸びをすると視線が凄まじい勢いで泳いでいた。 そんなに動揺するほど知られたくない事実なのか。 一瞬、聞くのが恐ろしくなる。
「ルートさん、答えてくれないんですか?」
「いや、その……」
大きな身体を縮めておどおどするルートさんを眺めながらふと考えた。 もしかしてフランシスさんは彼の家に居るんじゃないかと。 そうなると先ほどギルベルトさんは嘘を言ったことになるが、あの三人は仲が良いので頼まれたら私に嘘くらいは吐くだろう。 それに電話を切るときの雰囲気も今になってみればなんだかおかしかった気がする。
疑い始めると何でもかんでも怪しく思えてくるものなので、この予想がどれほど当てになるのやらと言う向きもあるが。
「じゃあ、帰りにちょっとルートさんのお家に寄ってもいいですか? アントンさんもいらっしゃるんですよね」
「それは……あー、うっ鬱陶しく絡まれると思うぞ!」
「別に構いませんよ?」
ふふんと笑って見せるとルートさんが困り果てた顔で項垂れた。 不測の事態に弱くマニュアル大好きな彼のことだ、この状況をどう乗り切ればいいかさっぱりわからないのだろう。
がっくりと肩を落として何も言わずに居るルートさんの腕を取って家に向かって歩き出す。 どうやら言い返すのはもう諦めたらしく、引かれるままにしょんぼりとしながらも素直に着いてきた。 それを見てうふふ、と笑ってからハッと我に返る。
そんなことをしている場合じゃない、どうやってフランシスさんに謝るか考えないと。 どう考えても私が悪いんだから、会ったら先ずはごめんなさいと言って頭を下げる。 それから、約束を破ったことと無視して家に帰ったことを反省してることを伝える。 それで許してもらえなかったら、許してもらえなかったらどうしよう。
「……どうした菊、大丈夫か?」
私が下腹にもやもやとした不安を溜め込んでいる間にすっかり諦めの境地に至ったらしいルートさんが気遣わしげに覗きこんできた。 羽が降りたような軽さで肩に置かれた手が優しく服の上から肌を擦る。
「大丈夫です! と言うかその態度、開き直りましたね?」
「まぁ、隠してもバレてしまっているみたいだしな。 はぁ、帰ったらフランシスの奴にぐちぐち言われるのか……」
「無事仲直りできたらフォローしておきます。 ……仲直りできたら……」
「自分で言っておいて落ち込むのは止めろ! ほら、着いたぞ」
ルートさんがその逞しい見た目からは到底想像できないような、木で出来た可愛らしい家の玄関扉を開けてくれた。 恐る恐る窺った廊下の奥のリビングからは扉からほんの僅かに淡い橙色の光が漏れ、ギルベルトさんの怒鳴るような声が聞こえてくる。
この向こうにフランシスさんがいるかもしれない。
ここに来て尻込みし、いつまで経っても廊下に上がらない私に業を煮やしたのだろう、ルートさんに背中をぐいっと押されてたたらを踏んだ。 強く床を踏みしめた所為でどんと大きな音が鳴る。
ここがマンションじゃなくて良かった。 と言うか、自分の家でなくて良かった。
「兄さん、帰ったぞ!」
「おー、ルート! やっと帰ってきたのか、遅かったじゃっ……」
リビングの扉を開けてにこにこと笑いながら駆け寄ってきたギルベルトさんが私を見てピタッと足を止め、腕を上げた体勢のまま綺麗に固まった。 その状態で視線だけは先ほどのルートさんにそっくりの動きで激しく泳いでいる。 おぉ、流石兄弟。
「夜分遅くに失礼します」