My home2
My home XI
にこっと笑って言う私を見て全てを察したのだろう。 上げていた手をゆっくりと下ろして額に当て、ギルベルトさんは重たい溜息を吐いた。
「ルート……」
「仕方ないだろう、わざとじゃない!」
「まぁ、連れてきちまったもんはしょうがねぇ。 ほら、上がれよ」
さっきまでのテンションは何処へやら、と言った風な様子でのたのたとリビングへ向かうギルベルトさんの背中をよしよしとルートさんが撫でる。
何もそんなに邪魔者扱いしなくても良いんじゃないだろうか。
「おい、フラン。 菊が迎えに来たぞ!」
「えっ!?」
その言葉に反応して、今までソファーの背にぐんにゃりと寄り掛かってアントーニョさんに絡んでいたフランシスさんがガバっと起き上がって振り向いた。
相当飲んだのだろう、いつもは真っ白な頬が化粧でもしたのかと思うくらい紅くなっている。 なんて落ち着いている振りをしてそんなことを考えている間に立ち上がったフランシスさんが、よろめきながら近づいてきた。
その表情はこちらが驚くくらい驚愕に満ちていて、私が探しに来るのがそんなに予想外だったのかと溜息を吐きたくなる。
「菊ちゃん、俺のこと探してくれたの? さっきギルが嘘吐いたのに……?」
「探しましたよ、いつものスーパーとかコンビニとか! 当たり前じゃないですか!」
自然に会話できた、嫌な顔も無視もされなかった。 たったそれだけのことで涙が出そうになる。 それぐらい嫌われたくない、嫌われるのが怖い。
鼻の奥がつんとして、何かを喋ったら声が震えてしまいそうで黙りこんだ私をそっとフランシスさんが抱きしめてくれた。 いつものように強く抱きしめるのではなく、そっと真綿で包むように。
優しく旋毛に寄せられる頬が謝罪の言葉のようで、私達は仲直りしたんだと教えてくれる。
「怒って一人で帰ってごめんなさい、折角美味しそうな夜ご飯を作ってくださってたのに……」
「ううん、気にしないでいいよ。 俺が一方的に嫌味な言い方したのが悪いし」
「いいえ、私が勝手に不機嫌になってフランシスさんを置いて行ったのが悪かったんです」
「違うんだ、それに怒ってたんじゃなくて……とにかく俺が悪いんだよ、絶対に」
私の、違いますと言う声が思っていたよりも大きく響いた。 半ば叫ぶようなそれに自分でも吃驚して肩が跳ね、一瞬部屋の中がしんとする。 そのままじっとフランシスさんを見上げてみても、ただ黙って首を横に振られるだけだった。
そんなわけない、絶対に私が悪いのにどうしてそんな風に否定するのだろう。 明らかな自分の非を認めてもらえないのは辛いだけだ。
悔しさで抱きしめられて引っ込んだ涙がまた溢れ出しそうになってぎゅっと唇を噛み締めた時、ぐいっと私たちの胸を押してギルベルトさんが間に割り込んできた。 思わず後ろによろめいた体をアントーニョさんがそっと支えてくれる。
「ストーップ! 菊、泣くな。 話し聞いた限りでは確かにお前もかなり悪い、でもフランシスにも悪いところがあるんだよ」
「ちょっ、ギルなに言ってんの……!」
フランシスさんが続きを言わせまいと焦ったようにギルベルトさんの口を塞いだが、アントーニョさんは特にそれを気にした様子も無く言った。
「そうそう、フランも悪いねん。 俺らにうだうだ愚痴っとらんでさっさと菊ちゃんに言えばええのに、そんなことも出来んと嫉妬だけは一人前なんやから」
「嫉妬……?」
フランシスさんが、嫉妬。 どういうことだろう。
はて、と首を傾げて詳しく聞こうとした私の腕をぐいと恐らくフランシスさんが引っ張った。 ふらりとよろめいた私をずんずんと玄関に引きずって行き、何故かにやにやしながら見送りに着いてきたギルベルトさん達に扉を閉める瞬間におざなりな言い方でまたねと言い捨てる。 そして少し歩いて角を曲がったところでぎゅっと両手を掴まれた。 それから少しの間、困ったように髪をかき上げたり額を押さえたりと忙しなく動いていたが、空を見上げて一度深呼吸をしてから深い青色の目がじっと私を見つめる。
「菊ちゃんに、全部話すよ。 だけど心の準備が必要なことだから、ちょっとだけ待ってくれる?」
「はい、わかりました」
そう応えた私の手を引いてまたフランシスさんが歩き始める。 何となく会話をするのが憚られて俯いた。 ぎゅっと握られている左手がとても温かい。 そっと盗み見た横顔に殆ど表情は無く、唇は固く結ばれていた。
そんなに重大なことを打ち明けられるのかと思うと少し恐ろしいような気もしたが、フランシスさんが言うならどんな事実でも受け入れよう。 そして家に帰って話が終わったら私もエリザさんに大して感じた気持やフランシスさんを昔のように見られないことを話すんだ、そう決意して家の玄関扉を潜った。