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空想

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俺という少年は、空想力だとか、想像力というものに欠如した子供だった。

ただ目に見えるもの、存在するもの、触ることができるもの、そういう事になっているという仕組み、そんなものしか目に映すことのできない子供だった。――――――あの人を初めて見た時、俺の胸にじゅんじゅんと濡れるように染み出してきたものは、小学生のときの記憶だった。

小学校のとき、美術の授業で俺はどうしても絵が描けなかった事がある。
題材は「もしも童話の世界に入ったら」なんてものだった。確か地元の商店街が企画したものだったように思う。周りの友人たちがヘンゼルとグレーテルのお菓子の家を食べ散らかす絵を描いたり、女子がお姫様になって王子に頬を染めたり、着飾ったり、ピーターパンと共に空びまわり、虹色の空を飛び越えてどこまでも自由であったり、海賊と勇敢に戦ったり・・・、いつもと違う、自由におしゃべりしながらわくわくと色んな空想を話しながら、どんどん色んな色を使って、真っ白な画用紙に好き勝手に色を塗っていって、教室中がまるで遠足のバスの中のように賑やかにはしゃいでいた、その中で、俺はその明るい雰囲気が自分の周りの壁一枚隔てた先に繰り広げられているような疎外感を覚えていた。

俺の画用紙はどこまでも白紙だった。

ざらざらとしたA4サイズの真っ白な、子供の手には大きすぎる画用紙。もう顔も覚えていない若い担任の男が「山中ぁ、なんでも良いんだぞ?なにか楽しいことを描けば良いんだ」と俺の頭上で言葉を降らせ、俺もそこに何かを描こうと鉛筆を握るのだけれど、何か「もやもや」としたものが手首まで降りてはきたのだけれど、その「もやもやしたもの」を指先に伝えて、どこまでも自由な世界を描くことなんてできなかった。そんな俺を見下ろして教師は溜息を漏らした。自分の顔を絵にする事だってできない。ヒーローになった自分だって想像できない。

ただ俺の画用紙に広がっていたのはざらざらと乾いた紙だけ。そしてそれが嫌ではない、カラフルなクレパスやクレヨンの色よりも、そのざらざらと皮膚に引っかかるような乾いた白が自分にふさわしいものだ、とふと思ったとき、俺はきっとこの教室の誰とも夢を分かち合うことのできない大人になるのだろう、となんとなしに思った。

それは苦痛ではなかったが、何かが欠如している自分、というものを獰猛に感じた妙な一瞬だった。




そんなくだらない事を、あの人を見ているとふいに思い出すことがあった。

あの人の周りはいつも華やかなものがあった。顔立ちや、服装じゃない。何かもっと本質のようなものだ。あの人の周りだけ光が屈折して集まったように華やいでいた。一度あの人の存在を認識した途端、その周りだけが何か光って見えた。何かが違う。誰とも、俺とも、何かが決定的に違う。あの人があれこれと打ち出す案はどれも突拍子がなく、それでいて実に理論的で、前衛的で、だがだからこそ前例のないものばかりで、優秀な人間ではあるがこの規則で固められ「想像すること」というものを一切求められない組織にはふさわしくない人のように見えた。――――苦手なタイプだ、と思った。







「山中、もしも雌の鯨がやまなみに恋をしたらどうしようか?」


艦長は報告書を書いていた手を止め、くるくると指先でペンを持て遊びながら目元に悪戯を思いついた子供のような輝きを滲ませて、試すような顔で俺を見上げた。雌の鯨・・・、ですか、と曖昧に答えながら試すような顔、ではなく実際に試されているのだと認識を改める。何か面白い話を期待している。だが俺の頭に浮かんだのは鯨の発する音波と潜水艦の音波では段階に違いがあり、聡い鯨がこの船を生物だと、更には雄でありなおかつ交尾の相手として選ぶだろうか、ということだった。だがそんな答えを求められているわけではないという事はわかっていた。わかっていたがどうしようもない事に俺は口を噤んで、「報告書を仕上げてください」と最低の答えを出した。


「空想は万物の創造の源だ。―――山中、お前は優秀な男だが空想力が足りないな。人生はC調が肝心だぞ」


喉で笑った艦長に無感動に目をやれば、何故か艦長は心底楽しそうに押し殺すように肩で笑っていた。








―――空想力。

親指と、小指を広げて翼に見立てた手を飛行機だという事に決めて、空中戦をするのが教室で流行った。
休み時間や掃除の時間、ちょっとした時間さえあれば同級生たちはその小さな手に各々名前をつけて、自分をエースパイロットという設定にして、相手の飛行機目掛けて手を突っ込んだり身長いっぱいまで伸ばして高度を取ったり、スイングしたり、一回転したり、相手に飛びついたりしながら「追撃王中村!!名誉の戦死!」「司令部!応援を要請する!」「メーデーメーデー!」「藤本隊員!!!」「岡田隊員コックピットから脱出ーッ!だがパラシュートが開かない!」「敵の特殊レーザーガンだー!!」「うわああ左翼にレーザーがー!!」などとテレビの特撮ヒーローから覚えたような言葉でいつまでもいつまでも史上に残る空中戦なんてものを繰り広げていた。



「山中!おまえは援護につけ!」



それをぼんやりと見ていた俺に誰かがそう叫んだ。
あ、うん、と答えて、ほかの同級生たちがしていたように、親指と小指を翼のように広げて、真ん中の三本の指をコックピットに見立ててみようと思ったけれど、それはピカピカのペンキを塗った最新鋭のレシプロ機には到底みえなかった。白く小さな四角い爪と、ざらざらとした浅黒い肌と、歪な形をした指が5本生えた子供の手以上にも以下にも見えなかった。味方のピンチを救えるような、エース戦闘機には見えなかった。

あ・・・、と立ち尽くす俺に背を向けて「山中ぁー!早くしろぉー!」「山中隊員!応答を願う!」などと言って同級生たちは飛びついたり叫んだり笑ったり声を上げたり、まるで奇妙な踊りでも踊るように、彼らだけに見える大空を、彼らだけが知っているピカピカの戦闘機で飛び回っていた。でも俺にはどうしても、そのピカピカの飛行機が、見えなかった。









「鯨の話はな、昔小説で読んだことがあるんだ」


士官室で夕食を取っていたとき、向かいに座っていた艦長が目を皿に向けたまま、スプーンでジャガイモを弄びながらそう言った。
俺はさっきの雌の鯨が潜水艦に恋をするだなんていう非現実的な話を、艦長がまだ引きずっていた事を意外に思いながら、はぁ、と曖昧に頷いた。そういえば、この人は時々妙に子供じみたところがあるのだ、というを思い出した。だから子供のように突拍子もない事を言ったり、子供のようにすぐに飽きたりする。それでいて子供のように大人の忘れてしまった些細なことをよく覚えている人だった。子供に好かれないタチの俺には理解のできぬバイオリズムだった。

艦長は銀色に光るスプーンでカレーのジャガイモをトレイの上で押したり潰したり、余ったルーをかけたり、普段はそんな行儀の悪い事をする人ではないというのに、まるで拗ねた子供のようにそんな態度で淡々と話を続けた。

作品名:空想 作家名:山田