だいすきだいすき!に!
おさけってなぁに?
「なみえの、おれんじじゅーす?」
夕食後のデザートに、イチゴ牛乳を飲む臨也が首を傾げる。波江はその向かいでカシスオレンジの入ったグラスを傾けつつ、明日の献立を作っていた。
「お酒よ」
簡潔に答える声は一刀両断、今は臨也と会話をしている暇は無い。明日も美味しい料理を弟に食べてもらう為、波江にはやらなければならないことがあるのだ。
「おさけ?ってなあに?」
「おとなの飲物よ」
「からいの?すっぱいの?」
「甘いわ」
「あまいのならおれものめる?」
「20歳にならないとだめよ」
「えー!あまいのにだめなの、なんでー?」
日々、帝人先生より大きくなることを夢見て牛乳を一生懸命飲んでいる臨也なのだが、こうして食後の牛乳を飲んでいるとき、いつも波江は色とりどりのカクテルを飲んでいる。その色が綺麗なので、臨也はいつもおいしそうだなあと思っていたのだ。
「きのうのあおいのもだめなの?」
「あれもお酒よ」
「いろぜんぜんちがうのに?」
「……お酒の種類よ。牛乳が全部白くないのと同じこと。あなたが今飲んでいるのはピンクでしょう」
「そっかあ……。じゃあ、みどりのも?あかいのも?ぜんぶおさけなの?」
「お酒よ」
だからあなたはだめよ。きっぱりと言う波江に、臨也は「はあい」、と渋々お返事をした。波江は怒ると容赦なくおやつを抜いてくる。昨日のスーパーで臨也の大好きなたまごぼーろをまとめ買いしていたことを考えれば、ここで逆らうことは賢くない。
お酒ってどんな味がするのかな?
疑問は尽きないので、じーっと見詰めていると、波江が小さく笑った。
悪魔のごとく、悪巧みを思いついた顔で。
「臨也、よーっくききなさい。子供がこのお酒を飲むとね……」
今日も一日頑張った。
帝人先生はいつものように臨也にべったりとくっつかれながら、園児達のお迎えを待っている。臨也のお迎えはいつも遅いほうだが、今日は一番最後になりそうだ。
と、そのとき、元気にさくらぐみの扉を開けたのは、同僚の正臣先生である。
「みっかどー!終わったら一杯飲みにいこうぜ!いつもんとこで!」
「おー、いいねえ。でもまだ園児いるからね正臣先生?」
園児の前でお酒の話はやめましょう、とにっこりする帝人先生に、すまんすまん、と謝る正臣先生、そんな二人の会話を面白くなさそうにみあげ、臨也は難しい顔で帝人先生に問いかけた。
「なにをのみにいくの、みかどくん。おれにことわりもなくほかのおとことでかけるなんていけないんだよ?」
くいくいと帝人先生のエプロンをひっぱりつつ、嫉妬の表情だ。そんな臨也に正臣先生はここぞとばかりににやりとした。
「んー、お子様の臨也君には早いことだけど、俺と帝人はお酒を飲みに行くんだよ。ネオンの街が俺たちを待っている!だけどこんなアダルトな楽しみは臨也君には関係なかったな!」
大人気なく「うらやましいだろう!」と胸を張った正臣先生をみあげ、「おさけ……」と呟いた臨也は、次の瞬間大声で叫んだ。
「だ、だめええええ!なんてことするのさきだくん!おれのみかどくんにそんなきけんなものをのませちゃだめ!」
どげし!
目の前の弁慶の泣き所にとび蹴りを食らわせ、フーッ!と怒りのキバを向く臨也!そしてそのとび蹴りに「うぉおお!」とうめいて床にひれふす正臣先生!あまりに鮮やかにきまったとび蹴りに思わず拍手する帝人先生!そんな帝人先生を庇うように両手を広げて前に立ち、臨也は勇ましくもう一度叫ぶ。
「どうしてもつれていくというのなら、このおれをたおしていくんだね!」
どどーん。
一歩も譲らぬ構えである。
いや、しかし、仕事帰りに一杯飲むのは帝人先生も楽しみにしていることであるので、そう反対されても困る。この場限りでごまかしてもいいが、そうすると臨也の場合はややこしいことにしかならないし。
「なぁんでだよー!大人はお酒を飲んでもいいんだぞ!」
涙目で弁慶の泣き所を押さえつつ言う正臣先生に、臨也はもう一度だめ!と答えた。そして顔を真っ赤にして怒りつつ、声高に。
「こどもがおさけのんだら、ばくはつしちゃうんだよ!」
とか、なんとか。
「え?」
「は?」
なにそれ、と目をぱちくりさせる正臣先生と帝人先生に、そんなことも知らないなんて!と臨也は地団太を踏んだ。
「だから!こどもがおさけをのむと、しょーかしきれなくて、ばくはつするんだよ!そんなおぞましいめにあいたいの、きみは!」
「え、あの、でも」
「それをかいひするためには、けんじゃのいしとこやぎのつのがひつようで、まえのひからなべでにこんでまほうをしこまなきゃいけないんだよ!」
なにそのファンタジー!帝人は盛大に突っ込みたい気持を懸命に抑え、ふるふると手を震わせる。それに気づかずに臨也は一生懸命続けた。
「にこんだけんじゃのいしをかみだなにそなえて、はんにゃしんきょーをとなえながらいっしんふらんにぶつだんにいのるんだよ!そんなたいへんなおもいをしてまでおさけをのむなんてりかいできないよ!」
洋風ファンタジーと思ったら神棚!そして般若心経!なんかよくわかんないけど和洋折衷とかそういうレベルの話じゃない!
「……臨也君、あの、それって誰に聞いたお話かな?」
帝人先生はあまりの衝撃にこみ上げる笑いを必死でこらえつつ、尋ねた。ここで笑ったら臨也の繊細なハートがブロークンである。まあきっとおそらく波江から聞いたのだろうけれど、よくぞまあここまで面白おかしな設定を作り上げたものだ。
笑いをこらえる帝人先生の表情を見上げ、臨也はうるるっとその目に涙を溜めて、ぎゅむっとその足に抱きつく。
「むりしなくていいんだよみかどくん、こわかったね!きだくんはおれがとめてあげるからあんしんすればいいよ!きみのいのちはおれがまもるからね!」
「い、いやあの、どうしようかなこれ……」
どうやら必死で笑わないようにしていた顔を、恐怖の引きつり顔だと思われたらしい。
「せ、先生は大人だから、爆発しませんよ?」
一応、そんなことを言って安心させようとするのだけれど、わかってるんだ!と臨也は益々強く帝人の足にしがみつくのだった。
「きみはぶらっくこーひーものめないおこさまじゃないか!みえをはらなくていいんだよ、そんなところもかわいいよ!」
「うわあ正臣ちょっと歯を食いしばれ!」
「申し訳ございませんでした!」
「だめだみかどくん!きみはてをよごさないできよいままでいてくれ!」
……全ての元凶の烙印を押された正臣先生が、ブラックコーヒーと大人との間には何ら関係性が無いことを、臨也に説明し終わるまであと五分。波江に嘘をつかれたことに、臨也が気づくまであと七分。嘘を信じた自分が恥ずかしくて真っ赤になるまであと八分。
そして、
「みかどくんがおとななら、おくちのちゅーしてもいいってことだよね!」
と臨也が開き直るまで、あと……。
作品名:だいすきだいすき!に! 作家名:夏野