hush-a-bye,baby
水滴はあとからあとから零れ、雨のように彼の腕をつたう。
ばか、三郎、ばか。
僕の口はまるで、栓でも外されたように、ひとつの言葉ばかり繰り返していた。
そんなことをするつもりじゃなかったのに、言葉をつづけようとしても、嗚咽がこもって出て来ない。驚いたように見開かれた彼の目が、徐々に辛そうに歪んでいくのがわかる。でも、僕は涙を止めることが出来ない。
彼のけがについては知らされていた。僕たちは忍たまなのだから、ちょっとした負傷は日常茶飯事だ。彼だけじゃない、僕も竹谷も、兵助も、勘右門も、誰も例外じゃあない。
そんなことはわかっていたのに、彼が帰って来て、たいしたことはないんだ、先生たちが大袈裟なのさと軽薄そうに笑ってみせた時、僕は、もう少しで彼を殴ってしまうところだった。
怖かったのだ。彼の、血の滲んだ包帯、痛々しく腫れた頬、内出血で変色した皮膚が。
それでも痛みなんか存在しないみたいに、しらじらしく笑って見せる彼がたまらなかった。
たまらなく腹が立って、そして――馬鹿みたいにいとしかった。
三郎の指が、僕の頬をぎこちなく撫でた。僕の涙を受け止めようとするように。
僕はその指を握り締めた。
三郎は唇を震わせた。そして、聞き取れないくらい幽かな声で、ごめん、と囁いた。
ひとしきり泣いて気がおさまると、僕は照れ臭くなって、三郎と顔を見合わせ、少しだけ笑った。
さっきから、三郎は少し無口になって、僕を見るともなしに眺めてぼんやりしている。
なんだか恥ずかしかったのと、彼の瞼が少し重たくなってきているようなのに気づいて、僕は三郎の布団を掛け直した。
「少し眠る? 熱があがってきたのかも」
「……ん、」
吐息にも少し熱がこもって来ている気がする。僕は彼の額に手を触れて、もう一度手拭いを代えてやろうと水桶に手を伸ばした。と、不意に手首を掴まれる。
「雷蔵、」
彼は眉を下げ、甘えるような、申し訳ないみたいな、ふくざつな顔をしていた。「なんだい」僕は答え、安心させるように微笑む。
三郎は安堵したように手を緩め、そしてこう言った。
ねえ、私は眠るけれど。
そしたらきみ、また、ゆめの中まで来てくれるかい。
「いいよ」僕は頷く。
「そうか」三郎は笑った。
いいよ、どこにでも会いに行く。おまえが寂しがらないように。
目が覚めてもここにいる。
ゆめから覚めても真っ先に、おまえの顔が見たいもの。
作品名:hush-a-bye,baby 作家名:リカ