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嘲笑と嘆息の間で

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「ここも違ったか」

そう円堂は呟いた。
何も感じず、何も感じさせない声で。
それは仲間たちに聞きとれたかわからないほどの、吐息。
窓から覗く曇天の空。
落ちてきそうで一向に降りださない雨を迎えることのないまま、彼らは再び車を走らせる。







奴らが来たことはすぐにわかった。
空が黒い雲で覆いつくされ、空気が嫌な感じになった。
肌に触れるとチリチリとする、妙な雰囲気。
仲間たちはすぐに異変を感じとり、蹴っていたサッカーボールを引きよせて立ち止まる。

「一体何事だ?」

ベンチに座り指示を出していた二階堂監督がピッチにやってきた。

「わかりません。でももしかしたら…」

俺がそう二階堂監督に言う前に一年の一人がグラウンドに駆け込んできた。

「大変だああ!!奴らが来ぞおおお!!」
「奴ら?」

二階堂監督がどうしたんだとその一年に問いかけるのと同時にそれはやってきた。
すさまじい爆音とともに。
悪雲と背筋の凍る冷気を引き連れて。


「…こんにちは」

瞬間、衝撃波が飛んできた。

「なん…!!?」

誰だ、と問う時間も、認識する暇も与えない。
砂塵と空気の壁が肌を強く打つのに身を守る。
腕の間から覗くのは、やわらかな笑みをたたえた少年だった。

「やはりお前らか…!!」

その姿には、見覚えがある。
黒いマントに身を隠し、覗く顔は先程の少年だけ。
しかし見なくともわかっている。
聞かなくとも彼らのことは知っている。
ああ、くそ!ここに来るなんて思ってもみなかった!


「突然おじゃましちゃってごめんなさい。僕らのキャプテンが、君たちに用があるんだって。光栄だね」

相変わらずのこの場に似合わない笑みに、逆に背筋がぞっとした。
奥を見れば、四人の黒い影に守られるように、その彼は立っていた。

「二階堂監督…」

俺は思わず、そう呟いてしまっていた。
怖かった。純粋に。
足も手も力が入らない。
後ろを横目に見れば、武方三兄弟が唖然とした様子で立ちすくんでいた。
信じられない?声が出ない?その通りだった。
驚いている。それ以上に恐怖がまさった。動くことすら、怖い。

「大丈夫だ、西垣」
「ですが…」
「私に任せておけ」

監督はぎこちなく俺に笑いかけると、一歩前に、進み出た。
止める声はかけられなかった。

「用があると言ったかな。一体この木戸川に何の用だろうか」

勇気がある。いやただの無謀にすぎない。
けれどそうせざるを得なかった。
監督には、責任がある。

人影が、ざっと動いた。
間を開けて、一人の人物が視認出来るくらいに。

「賢明だな」

嘲笑と共に顔を露わにしたそれは、以前とまるで別人の姿になってしまったかのようで。
あんなに一之瀬が褒めていたのに。
ファンタジスタか?これが?なあ一之瀬、お前が好きだと言ったのは、こいつだったか?

「…円堂守君、だね」
「そうだ」

そのまま前に進み出てくると、伸ばせば手が届く距離にまで、円堂は二階堂監督に近付いてきた。
監督が身体を、固くさせる。
円堂は笑うと、小さく唇を動かした。
何を、言っているのだろうか。
おそらく二階堂監督にしか聞き取れない。
監督はしばらく茫然とした後、残念ながら、と言いながら、首を振った。
それに円堂が醜く笑う。

「ああ、まったく残念だ」

―――それが、合図だったのだろうか。

「うわあああああ!!!」

その瞬間ずっと動かなかった奴らが、おそろしい速さで行動に出た。
気がついた時には、もう、身体が吹き飛ばされていた。

「何を…!?ッがぁあ!」

俺たちを振り返った隙に、二階堂監督の腹部にボールが入った。
ぎゅるんと音を立てて、地面にめり込み、その凄まじさを刻みつける。

「うぁ…っぐ…」

うめき声を上げて、監督はそのまま気を失った。
ボールを放った本人の顔が、風に巻き上げられて現れる。

「…豪…炎寺…!!」

吹き飛ばされ、ゴールまで飛ばされた俺が立ち上がりながら絞り出せたのは、それだけ。
なぜ、とも、ちきしょうと馬頭する言葉も口に滲んだ血が染みて出てこなかった。
ああ、歯が痛い。

「豪炎寺だと…?」
「なに…それ、みたいな」
「信じがたいですが…真実、のよう…ですね」

ゴールの網を支えにしながら、武方三兄弟が立ち上がった。

「やめろお前ら…!」
「煩い…みたいな!こんなことされて黙ってるわけないでしょ!」
「同感ですね」
「ブッ飛したいぜ」

俺の牽制も意味がない。
こいつらを止める監督は、もう意識がないのだから。

ふいに暗い、声がした。
豪炎寺が先程から眉ひとつ動かさなかった表情を、円堂に向けて、言葉を発する。

「俺に、やらせてくれ」

意外そうに眉を吊り上げ、円堂が豪炎寺を見た。
だがすぐに口角を上げてマントを翻し背を向ける。

「好きにしろ。ここにもう用はない」

豪炎寺がそれに、黙ってうなずいた。
こちらを再び見る目に生気はない。
ここにいる人間、俺たちにだってそんなものあるかわからなかったが。

「試合をはじめようか」

もう俺は、地に膝をつきそうだった。





まず先取点を取ったのは、当然のごとく奴らだった。
試合開始のホイッスルと同時に放たれた黒煙をまとったファイヤトルネード。
以前とは比べ物にならないほどの威力に、俺達は手も足も出なかった。
それこそ、指の一つも動かせずに。

「なめんな!」

悠然に、武方三兄弟が走り出す。
だがすぐにボールは奴らへと渡ってしまった。
ボールは青い髪を下ろしたDFの元へ。
いつとったか、なんて見えなかった。
いつの間にかボールとそいつの姿が移動したみたいだった。
瞬間移動、それよりも、ずっと怖いもの。

「嘘だろ!?」

ボールは背の小さいFWへパスされた。
それこそおもちゃをあやつるみたいな、軽い音がした。
エターナルブリザード、ウルフレジェンド、爆熱ストーム、炎の風見鶏。
どれもが以前とは桁違いの威力で、どれもが黒雲を伴っていた。
あんな禍々しい技は、はじめて見た。
俺たちのGKはいいサンドバックだった。
吹き飛ばされ、地面にたたきつけられ、身体はもう、ボロボロだった。
何よりも俺たちを驚かせたのは四人でプレイしていることじゃない。
向こうのゴールに、GKがいないこと。
この広いフィールドを、実質たった三人で走っていた。
風のように、いや、きっと風なんかもっと遅い。
姿が見えずに、どんどん必殺技が決まっていく。
影すらつかめない。
一人、また一人と、地面に伏せっては動かなくなっていく仲間たちを、俺は見ていた。

「ちくしょおおおおお!!!」

そう叫んで、ボールと共に豪炎寺にゴールに吹き飛ばされた勝。
崩れ落ちる努。
巻き上げられ、地面へと激突したまま動かなくなった友。

俺も、もう限界だった。

「つまんなーい。もう終わり?」
「開始十五分だ。楽しめた方だろう」
「ねえ、豪炎寺君は?どうだった?」

マフラーを拾い上げ、首に巻きなおすとペナルティエリアでじっとゴールを見つめている豪炎寺に、吹雪が駆け寄る。

「少しは楽しかった?」

それは残酷な、言葉ではないのだろうか。

「……」
作品名:嘲笑と嘆息の間で 作家名:林願グ